善意の押しつけ方
「あなたのためを思って」
その言葉を、リリアーナはあまり信用していない。
善意が嫌いなわけではない。
ただ、人は“相手のため”と言いながら、自分の安心を求めることが多い。
その日の茶会も、最初は穏やかだった。
侯爵夫人主催の小規模な集まり。
集められたのは若い令嬢ばかりで、空気も柔らかい。
「リリアーナ様、最近はお身体いかが?」
「変わりないわ」
「そう……よかった」
“よかった”。
その言葉の意味を、リリアーナは考える。
状態が安定しているから?
まだ死んでいないから?
たぶん両方だ。
「そういえば、研究院の術式のお話、聞きましたわ」
別の令嬢が身を乗り出す。
「成功するといいですわね!」
「ありがとう」
「絶対に諦めないでくださいね。まだお若いんですもの!」
まっすぐな善意だった。
だからこそ、少し疲れる。
リリアーナは紅茶を一口飲み、静かにカップを置く。
「諦める、という話ではないのよ」
「でも、助かる可能性があるなら……!」
「可能性はあるわね」
「でしたら――」
「それを選ばない人間もいる、というだけ」
空気が止まる。
令嬢は目を瞬かせた。
「どうして……?」
その問いには、純粋な困惑が混ざっていた。
理解できないのだ。
生き延びられるかもしれないのに、全力で縋ろうとしない感覚が。
「怖くないんですの?」
「怖い、とは少し違うわ」
「でも、生きたいでしょう?」
リリアーナは、そこで少し考える。
生きたい。
その感覚は確かにある。
美味しい紅茶を飲みたいし、本を読む時間も嫌いではない。
穏やかな日々は心地いい。
けれど。
“何を犠牲にしてでも生に執着したいか”と聞かれると、答えは曖昧になる。
「私はね」
リリアーナは静かに言った。
「生きることを、人生の最優先にしていないの」
令嬢たちは息を呑む。
重い言葉ではない。
むしろ淡々としていた。
それが余計に、理解しづらい。
「そんなの……寂しすぎます」
一人が小さく零す。
リリアーナは、その言葉を否定しなかった。
寂しいのかもしれない。
ただ、自分の中ではそれが普通になっている。
未来を当然のものとして持たないこと。
自分を“続いていく時間”に強く結びつけないこと。
それはもう、考え方というより習慣に近い。
「リリアーナ様は、もっと周りに甘えるべきですわ」
別の令嬢が真剣な顔で言った。
「皆、助けたいと思っていますのに」
その瞬間、リリアーナは少しだけ目を伏せる。
助けたい。
優しい言葉だ。
でもそこには、“助けられる側でいてほしい”という願望も含まれている。
「……甘えるって、難しいわね」
リリアーナは静かに笑った。
「誰かの“頑張って生きてほしい”に応え続けるのって、案外体力がいるもの」
令嬢たちは言葉を失う。
責められたわけではない。
怒られたわけでもない。
それなのに、なぜか胸が詰まる。
そこへ、遅れてアーシュが現れた。
彼は空気を一瞬で察したらしい。
「……何があった」
「善意に囲まれていたの」
リリアーナがそう言うと、アーシュは小さく息を吐く。
令嬢たちは気まずそうに視線を逸らした。
「わたくしたち、ただ心配で……」
「分かっている」
アーシュは淡々と返す。
「だから余計に厄介なんだろう」
その言葉に、場が静まる。
リリアーナは彼を見る。
この人は時々、驚くほど正確に言葉を置く。
善意は正しい。
だから否定しづらい。
でも正しいものほど、人を追い詰めることがある。
アーシュはそれを理解している。
「……あなた、最近ちょっと容赦ないわね」
リリアーナが言うと、彼はわずかに眉を動かした。
「事実を言っただけだ」
「そういうところよ」
小さく笑う。
その空気に、令嬢たちもようやく張り詰めた呼吸を緩めた。
茶会は続く。
紅茶の香り。
静かな会話。
穏やかな午後。
その中心でリリアーナは思う。
人は、“生きてほしい”と簡単に言う。
けれど本当に難しいのは、
“その人の生き方のまま、存在を認めること”なのかもしれなかった。




