物語にならない関係
アーシュと並んで歩いていると、妙に視線を集める。
最近、リリアーナはそれを強く感じるようになっていた。
廊下ですれ違う使用人。
社交界の令嬢たち。
茶会で遠巻きにこちらを見る貴族たち。
皆、同じような顔をしている。
――ああ、あれが。
そんな空気。
「見られてるわね」
リリアーナが言うと、アーシュは視線を動かさないまま答えた。
「見世物としては分かりやすい構図だからな」
「自分で言う?」
「事実だ」
いつもの調子だった。
リリアーナは少しだけ口元を緩める。
この人は、“配慮ある嘘”をほとんど使わない。
その代わり、残酷な言い方もしない。
ただ、事実をそのまま置く。
「余命一年の令嬢と、それを支える婚約候補」
リリアーナは指折り数えるように言う。
「確かに、劇としては綺麗ね」
「綺麗かどうかは知らない」
「少なくとも、人は好きでしょう?」
悲劇は消費しやすい。
終わりが決まっている話は、安全に感動できるから。
リリアーナは、その構造を冷静に見ていた。
可哀想な令嬢。
誠実な婚約候補。
限られた時間。
誰かの涙を誘うには、十分すぎる材料だ。
「でも困るのよね」
「何がだ」
「勝手に恋愛にされるの」
リリアーナは本気でそう思っていた。
感情の有無ではなく、構造として違う。
彼女にとって恋愛は、“その先”を含むものだ。
未来。
生活。
積み重なっていく時間。
けれど彼女は、その時間に自分を含めていない。
だから最初から成立しない。
「あなたは平気なの?」
ふと、そう聞く。
アーシュは少しだけ考えた。
「何について」
「周囲が勝手に、“深い愛情物語”みたいに見てること」
「別に困らない」
「そう」
「否定する必要もない」
リリアーナはその返答を聞きながら、少し意外に思う。
アーシュは、誤解を嫌うタイプだと思っていた。
「訂正しないのね」
「訂正したところで、本質は変わらない」
淡々とした声。
「人は見たいものを見る」
「冷静」
「君ほどじゃない」
その返答に、リリアーナは少しだけ視線を上げた。
彼はたぶん、本当にそう思っている。
自分は冷静ではない、と。
実際、その通りなのかもしれない。
彼は見ている。
考えている。
距離も測っている。
でも、ときどき妙に感情的だ。
本人だけが気づいていない。
「ねえ、アーシュ」
「なんだ」
「あなた、案外“残される側”の感覚が強いわよね」
その瞬間、彼の歩調がほんのわずか止まった。
リリアーナは見逃さない。
「……そう見えるか」
「ええ」
アーシュはすぐに答えなかった。
否定もしない。
長い沈黙。
やがて彼は静かに言う。
「君は、“いなくなる側”の視点で話しすぎる」
リリアーナは少しだけ目を細めた。
「だって、実際そうでしょう?」
「そうだとしても」
アーシュはそこで言葉を切る。
続きを選んでいる。
「片方だけで成立する話じゃない」
その返答は、少しだけ珍しかった。
彼にしては感情が滲んでいる。
リリアーナは、何も返さなかった。
代わりに窓の外を見る。
空は薄曇りで、輪郭が曖昧だった。
――残される側。
その感覚を、自分は最後まで持てない気がしている。
誰かを置いていく実感より、
自分が消えた後も世界が続く感覚の方が、ずっと自然だから。
でも。
その感覚を持つ人間が、隣に立っている。
それは少しだけ、想定外だった。




