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転生したら余命宣告された令嬢でした  作者: 櫻木サヱ
未来を望まない人

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24/28

未来のない令嬢

 社交界には、“噂が完成する瞬間”がある。


 最初は曖昧だった話が、誰かの憶測を経由し、やがて事実より扱いやすい形へ変わっていく。


 リリアーナ・エヴァレットについての噂も、最近はほとんど完成していた。


 ――余命一年の公爵令嬢。

 ――静かに最期を待つ美しい人。

 ――婚約候補の侯爵家次男は、義理堅い男らしい。


 そこに本人の意思は、ほとんど含まれていない。


「素敵なお話ですわよね」


 そう言った令嬢は、本気でうっとりしていた。


「悲恋って、どうしてこんなに人の心を打つのかしら」


 リリアーナは、一瞬だけ瞬きをする。


 ――悲恋。


 いつの間に、自分の人生は物語になったのだろう。


「そうね」


 静かに返すと、相手はさらに声を弾ませた。


「アーシュ様も、きっと深く愛していらっしゃるのでしょうね。“限られた時間を共にする”なんて……まるで劇みたい」


 劇。


 その表現に、リリアーナは少しだけ可笑しくなった。


 確かに、他人から見ればそうなのだろう。


 死にゆく令嬢。

 寄り添う婚約候補。

 限られた時間。


 整いすぎている。


 だから皆、勝手に感動できる。


「でも、辛くありません?」


 令嬢は急に声を落とした。


「愛しているのに、別れが決まっているなんて」


 リリアーナはカップを持つ手を止めた。


 愛している。


 その前提が、どこから来たのか分からない。


「……恋愛小説が好きなのね」


「え?」


「現実と混ざってる」


 穏やかな声だった。


 だが令嬢は、その返答に戸惑ったように笑う。


「だって、アーシュ様はあんなに……」


「あの人は、優しいだけよ」


「でも!」


「それに、私は恋愛をする気がないもの」


 空気が止まる。


 令嬢の表情が固まった。


 その反応を見て、リリアーナは内心で理解する。


 ああ、この人は、“物語”が壊れると思っているのだ、と。


「え……でも、婚約を……」


「婚約候補でしょう?」


「それは、そうですけど……」


「未来を共有する気がない相手と恋愛するほど、無責任じゃないわ」


 静かな言葉だった。


 けれど、その場の空気を切るには十分だった。


 令嬢は返事に困ったまま視線を泳がせる。


 彼女には分からないのだ。


 恋愛を“感情”ではなく、“未来の契約”として見ている人間の感覚が。


 好きだから一緒にいたい。

 それだけで進める人間ばかりではない。


 リリアーナにとって恋愛とは、“残る側”を作る行為だった。


 だから最初から選択肢にない。


 そのとき、不意に背後から声がした。


「随分と夢を壊しているな」


 振り返ると、アーシュが立っていた。


 令嬢は明らかに気まずそうな顔になる。


「も、申し訳ありません……!」


「いや。君が謝る話ではない」


 アーシュはそう言いながら、リリアーナを見る。


 彼は会話を聞いていたのだろう。


「悪役みたいだった?」


 リリアーナが言うと、アーシュは少し考える。


「いや」


「じゃあ何」


「現実的だった」


 その返答に、令嬢がさらに困惑する。


 慰めない。

 否定しない。

 “そんなことない”とも言わない。


 リリアーナは少しだけ目を細めた。


「夢がなくて残念ね」


「夢を見せる必要はない」


 アーシュは淡々と言う。


 その答えに、令嬢は完全についていけなくなったらしい。


 ぎこちなく挨拶をして、その場を離れていく。


 静けさが戻る。


 リリアーナは窓の外を見ながら、小さく息を吐いた。


「最近、“可哀想な恋物語”として消費されてる気がするわ」


「否定はできない」


「ひどいわね」


「事実だ」


 アーシュは迷いなく返す。


 リリアーナは少しだけ笑った。


 この人は、本当に余計な慰めを言わない。


「あなたは?」


「何が」


「私を、そういう風に見てる?」


 アーシュは少し黙った。


 それから静かに答える。


「君は、未来を望まない人間だ」


 否定も美化もない。


 ただの観察。


 リリアーナは、その言葉を聞きながら思う。


 きっと彼は、まだ勘違いしている。


 自分は未来を望まないのではない。


 “自分が含まれる未来”を、当然のものとして扱えないだけ。


 その違いは、案外大きい。

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