未来に含まれない名前
公爵邸には、定期的に見舞いの品が届くようになっていた。
花。
茶葉。
身体に良いとされる薬草。
南方の珍しい果実。
送り主は様々だ。
純粋な善意もあれば、社交的配慮もある。
中には、公爵家との関係維持を目的としたものも混ざっていた。
リリアーナは、そのどれにも特別な感情を抱かなかった。
「こちらは伯爵夫人からです」
エマが丁寧に箱を開けながら説明する。
「これは?」
「研究院の方からですね。“身体を安定させる可能性のある魔導触媒”だそうです」
「可能性、ね」
リリアーナは淡く繰り返した。
可能性という言葉は便利だ。
希望にもなるし、責任逃れにも使える。
エマは少しだけ表情を曇らせる。
「お嬢様は、試されないんですか?」
「試してほしい?」
「それは……」
エマは言葉を止めた。
彼女は優しい。
だからこそ、答えを強制できない。
リリアーナは、その沈黙を責めなかった。
「延命が悪いとは思っていないわ」
静かにそう言う。
「ただ、“生き続けたい”という前提で動いていないだけ」
エマは小さく目を伏せた。
その反応を見て、リリアーナは少しだけ視線を和らげる。
この侍女は、いつも感情を隠しきれない。
だから分かりやすい。
「怖くないんですか」
ぽつりと落ちた問い。
リリアーナはすぐには答えなかった。
怖い、という感覚自体は理解できる。
死を避けたいと思う人間の方が、きっと自然だ。
けれど彼女の中では、その感覚が少し薄い。
「慣れているのかもしれないわね」
「慣れるものなんですか……?」
「さあ」
リリアーナは曖昧に返した。
前世で長く病室にいた。
“次の季節”を当然のように語ることが、いつからか減っていた。
未来を想像しない。
期待しない。
自分がいなくなった後を前提に、物事を整理する。
それは努力して身につけたものではない。
ただ、長い時間をかけて身体に馴染んだ癖だ。
「お嬢様は、諦めてるわけじゃないですよね」
エマは確認するように言った。
「違うわ」
リリアーナは否定する。
「諦めてはいない。ただ、執着していないだけ」
その違いを説明するのは難しい。
けれどエマは、分からないなりに理解しようとしていた。
そのとき、扉がノックされた。
入ってきたのはアーシュだった。
「邪魔だったか」
「いいえ」
エマは軽く頭を下げ、静かに部屋を出ていく。
アーシュはテーブルの上の品々に視線を向けた。
「増えたな」
「皆、優しいのよ」
リリアーナは淡々と答える。
アーシュは、その言葉の裏を読もうとはしなかった。
代わりに、一つの箱を見ながら言う。
「研究院の印だな」
「ええ。“可能性”があるんですって」
「試さないのか」
「あなたまで同じことを言うのね」
責める口調ではない。
ただ少しだけ意外だった。
アーシュは短く沈黙したあと、静かに答える。
「試すべきだ、と言いたいわけじゃない」
「じゃあ何?」
「確認だ」
彼はいつもそうだ。
説得ではなく、確認。
感情ではなく、事実。
「君が、自分で選んでいるのかを見ている」
リリアーナは、わずかに目を細めた。
「選んでるわ」
「ならいい」
会話はそこで終わる。
アーシュはそれ以上踏み込まない。
リリアーナは、彼を見ながら思う。
この人は、延命を望まない彼女を否定しない。
理解したとも言わない。
ただ、“本人の選択”として扱う。
それは多くの人間ができないことだった。
窓の外では、風が木々を揺らしている。
季節は進む。
何も止まらない。
リリアーナは、並べられた見舞いの品へ視線を向けた。
どれも、自分が未来へ向かう前提で贈られている。
けれど彼女の中では、未来は所有物ではなかった。
あるかもしれないもの。
ただ、それだけ。
だから彼女は、静かに紅茶を飲む。
今ここにある温度だけは、まだ確かだった。




