気付いてしまう人
アレクシスは、自分が踏み込みすぎないようにしているつもりだった。
それは配慮であり、判断でもある。
余命一年と告げられた相手に、軽々しく近づくのは無責任だと分かっている。
だから、距離は保つ。
言葉は選ぶ。
感情は表に出さない。
――それが、正しい。
少なくとも、彼はそう考えていた。
リリアーナ・エヴァレットは、静かな人だった。
感情を荒立てることも、弱さを見せることもない。
余命の話をするときでさえ、声は落ち着いている。
誰かに縋ることも、未来を嘆くこともない。
その態度を、周囲は「覚悟」と呼ぶ。
あるいは、「達観」。
アレクシスも、最初は同じ言葉で整理していた。
――大人なのだ。
――受け入れているのだ。
だが、何度か会話を重ねるうちに、違和感が積もっていく。
彼女は、未来の話をしない。
正確には、「できない」のではなく、「最初から外している」。
それは恐れではない。
諦めとも違う。
まるで――
未来が自分のものではないと、最初から知っているかのような態度。
「……不思議な方だ」
独り言のように呟いた言葉は、彼女には届かなかった。
ある日、リリアーナは淡々と予定を整理していた。
「この件は、今年中に片づけておきたいの」
「来年では、遅い?」
何気なく返したその言葉に、彼女は一瞬だけ間を置いた。
「ええ」
理由は語られない。
だが、その沈黙に、アレクシスははっきりとした線を感じた。
――彼女は、来年を自分の時間として数えていない。
その事実に気づいた瞬間、胸の奥が静かに痛んだ。
これは覚悟ではない。
これは強さでもない。
癖だ。
生き延びることを前提にしない思考。
自分がいなくなった後を、自然に想定してしまう生き方。
それは、余命を告げられてから身についたものではない。
もっと前から、深く根づいている。
アレクシスは、初めて理解した。
彼女は、強がっているのではない。
壊れかけてもいない。
ただ、
「自分の未来を共有しない」生き方を、選び続けているだけだ。
だから、恋愛を選ばない。
だから、誰にも期待しない。
だから、誰の人生にも責任を持たない。
それは冷酷さではなく、
彼女なりの誠実さだった。
気づいてしまった以上、もう元には戻れない。
見ないふりはできない。
分かったつもりで、留まることもできない。
それでも、アレクシスは踏み込まなかった。
踏み込めば、彼女は引く。
引かれれば、自分は追えない。
なぜなら――
彼女が差し出さない未来を、無理に掴むことはできないからだ。
彼は知っている。
この人は、
恋を返さない。
未来を渡さない。
それでも。
それでも、離れられない理由だけが、
静かに、確実に形を持ち始めていた。
――気づいてしまった人間が、
一番、苦しい。
その事実を、
アレクシスはまだ、言葉にできずにいた。




