表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したら余命宣告された令嬢でした  作者: 櫻木サヱ
冷たいはずの婚約者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/17

冷たいはずの婚約者候補

 最初から、それは取引だった。


 リリアーナ・エヴァレットは、その事実を特別な感情もなく受け入れていた。


 侯爵家次男、アレクシス・ヴァルハルト。

 婚約候補として提示された名前を聞いたとき、彼女が考えたのは好悪ではない。


 ――条件は悪くない。


 それだけだった。


 自分は余命一年。

 公爵家の娘という立場だけが、まだ価値として残っている。


 相手にとっても、短期間で終わる関係は都合がいいはずだ。

 深い責任も、未来を背負う覚悟も必要ない。


 だから彼は来た。

 リリアーナは、そう判断していた。


 初めて顔を合わせた席で、アレクシスは感情をほとんど表に出さなかった。


 黒髪に、静かな眼差し。

 礼儀は正確で、言葉は必要最低限。


「本日は、お時間をいただきありがとうございます」


 声に温度はなく、だが冷淡とも違う。

 感情よりも結果を優先する人間――それだけが伝わってきた。


 ――合理主義者。


 リリアーナは、内心でそう分類した。


 だからこそ、彼の前では余計な装飾をしなかった。


 余命のことも、包み隠さず話した。


「私の身体は、長くは持ちません」


 淡々と告げた言葉に、部屋の空気がわずかに揺れる。


 誰かが息を呑み、

 誰かが視線を逸らし、

 誰かが同情の色を浮かべる。


 見慣れた反応だった。


 けれど、アレクシスだけは違った。


 彼は一瞬だけ考えるように視線を落とし、それから静かに頷いた。


「……承知しました」


 それだけ。


 驚きも、哀れみも、慰めもない。


 その反応を見て、リリアーナは内心で小さく納得した。


 ――この人も、分かっている。


 いや、

 分かろうとしていないからこそ、動揺しないのだ。


 感情を挟まず、利害だけを見る。

 それは、今の自分にとって都合がよかった。


 だから彼女は、それ以上何も付け加えなかった。


 数度目の面会までは、何事もなく過ぎた。


 形式的な会話。

 必要な確認。

 余白の多い沈黙。


 居心地が悪いわけではない。

 むしろ、余計な期待を向けられない分、楽ですらあった。


 けれど、ある日の午後。

 書斎で向かい合っていたとき、アレクシスがふと口を開いた。


「あなたは、余命の話をするとき、声が少し速くなります」


 リリアーナは、わずかに瞬きをした。


「そうかしら」


「ええ。ほとんど分からない程度ですが」


 彼は責めるでも、同情するでもなく、事実を述べるように言った。


「強がっている、とは言いません。ただ……感情を切り離そうとしているように見えます」


 リリアーナは、すぐに返事をしなかった。


 否定も、肯定も、どちらも同じくらい意味がない。


「それが、何か問題?」


 静かに問い返すと、アレクシスは首を横に振った。


「いいえ。ただ、知っておこうと思っただけです」


 知る。

 理解するでも、踏み込むでもない。


 その言葉に、リリアーナはほんのわずか、興味を覚えた。


 この人は、

 哀れまない。

 救おうとしない。

 そして――勝手に分かった顔もしない。


 少なくとも、今は。


 リリアーナは視線を伏せ、穏やかに言った。


「あなたは、冷たい方なのね」


 すると、アレクシスは少しだけ考えてから答えた。


「そう見えるなら、たぶん正しいです」


 否定しない。その態度が、妙に誠実だった。


 ――利害で始まる関係。


 それ以上でも、それ以下でもない。


 そう思っていたはずなのに。


 リリアーナはその日、初めて気づいてしまった。


 この婚約候補は、

 冷たいから距離を保っているのではない。


 近づきすぎないように、

 自分で距離を測っているのだ、と。


 それが意味するものを、

 彼女はまだ考えないことにした。


 それは――

 自分がいなくなった後の話だから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ