正しさの居場所
アーシュは、自分が間違っているとは思っていなかった。
むしろ、正しいことをしているという確信があった。
余命一年の令嬢。
未来を語らず、望みも口にしない少女。
彼女に必要なのは、刺激ではない。
期待でも、覚悟でもない。
穏やかさと、選ばなくていいという許可――
そう結論づけることで、彼は自分を納得させていた。
「無理に会話を続けさせるのは、負担になる」
「選択を迫るのは、残酷だ」
その言葉は、誰に向けたものだったのか。
周囲か、彼女か、それとも自分自身か。
リリアーナは、彼の理屈を否定しなかった。
だからこそ、アーシュはますます確信を深めていく。
――ほら、やっぱり。
彼女は反論しない。
怒らない。
傷ついた顔もしない。
それは彼にとって、「理解が合っている」証拠だった。
一方で、リリアーナは静かに距離を測っていた。
言葉を返さないのは、同意ではない。
ただ、訂正する価値を感じていないだけだ。
彼は「守っているつもり」なのだろう。
その善意を、彼女は理解している。
だからこそ、深く踏み込ませない。
「今日はここまでにしましょう」
リリアーナがそう言うと、アーシュは素直に頷いた。
「そうだね。疲れさせてはいけない」
その言葉に、彼女は微かに目を伏せた。
――また、そこ。
彼は、彼女の行動をすべて「弱さ」に結びつける。
自分の判断が優しいものであると証明するために。
それは、彼が彼女の未来を見据えたくないからだ。
理解してしまえば、選ばなければならない。
選んでしまえば、失う覚悟が要る。
だから彼は、分かったつもりで留まる。
リリアーナは、それ以上何も言わなかった。
彼女は知っている。
この人は、正しさの中に隠れている。
自分を守るために、
彼女を理解した形に固定している。
――それでも。
それでも彼女は、彼を拒絶しない。
距離を置き、線を引き、期待を渡さない。
それが、彼女なりの誠実さだった。
誰かの人生に、責任を持たない。
それは冷酷さではなく、彼女が選んだ終わり方。
アーシュは、去り際に振り返った。
「何かあったら、言ってほしい」
リリアーナは、穏やかに微笑む。
「ええ。必要になったら」
必要になることは、ない。
その事実を、彼だけが知らない。
扉が閉じたあと、部屋は静寂に戻った。
リリアーナは窓辺に立ち、光の中で小さく息をつく。
――正しさは、人を救うとは限らない。
それを告げる義務も、
理解させる責任も、
彼女は引き受けない。
それが、彼女が最後まで選び続ける、唯一の判断だった。




