分かったつもりの人
リリアーナは、自分が誤解されることに慣れていた。
それは悪意ではない。
同情でも、敵意でもない。
もっと静かで、もっと扱いづらいもの――善意に近い誤解だ。
その日、彼――アーシュは、いつもより言葉が多かった。
「無理をする必要はない。君が望まないなら、何もしなくていい」
落ち着いた声だった。配慮があり、正しさに満ちている。
周囲に人がいれば、きっと誰もが「優しい方だ」と思っただろう。
リリアーナは紅茶に視線を落としたまま、黙って聞いていた。
「君はもう、十分考え抜いている。だからこれ以上、何かを選ぶ必要もない」
――違う。
喉元まで言葉が上がり、そこで止まる。
説明する気はなかった。
訂正する義務も感じなかった。
アーシュは、理解している“つもり”でいる。
それだけで、彼自身が納得できてしまっている。
彼の中で、リリアーナはもう結論の出た存在だった。
余命一年。
未来を描かない令嬢。
だから、何も望まず、何も選ばない人。
そう思い込むことで、彼は安心している。
「君が静かに過ごしたいなら、それが一番だ」
リリアーナは、そっとカップを置いた。
静かに過ごしたいのではない。
未来を共有しないと決めているだけだ。
その違いは、説明すれば分かる。
けれど、説明したところで意味はない。
彼は“分かったつもり”で話している。
理解しようとしているのではなく、理解した形に当てはめている。
リリアーナは視線を上げ、穏やかに微笑んだ。
「ありがとう。でも、大丈夫よ」
それだけで、アーシュは安堵したように息を吐いた。
――ほら、やっぱり。
彼はその反応を「正解」と受け取る。
自分の判断が間違っていなかったと、確信する。
リリアーナは、それ以上何も言わなかった。
彼女は知っている。
この人は、彼女が「未来を望んでいない」と思っている。
けれど実際には、彼女はただ――
誰かの未来に、責任を持たないと決めているだけだ。
それは冷酷でも、絶望でもない。
前世で身につけた、生き方の癖。
長く病床にあり、
自分の死後の世界を何度も見送ってきた結果、
自然と染みついた判断だった。
「それは、私がいなくなった後の話ね」
内心で、いつもの言葉を繰り返す。
アーシュは、その言葉を知らない。
知ろうともしていない。
彼は今も、静かに彼女を見つめている。
理解者の顔で。
リリアーナは視線を逸らし、窓の外に目を向けた。
――一番厄介なのは、
何も分かっていない人ほど、
「分かっている」と信じて疑わないこと。
彼女はそれを、否定もしなければ、正そうともしない。
それもまた、選ばないという選択だった。




