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転生したら余命宣告された令嬢でした  作者: 櫻木サヱ
冷たいはずの婚約者

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13/17

触れなかった未来



 その日は、やけに空が高かった。

 青い、というより、薄く引き延ばされた色。手を伸ばしても届かない距離を、最初から示されているみたいで、リリアーナは無意識に視線を落とした。


 アーシュは、約束の時間より少し早く庭にいた。

 相変わらず、無駄のない立ち姿。感情をそぎ落としたような佇まい。


「……早いのね」


「君を待たせるのは、効率が悪い」


 それが彼の返事だった。

 冷たい。そう評される所以。けれど、リリアーナはもう、その言葉の表面だけを信じるほど子どもじゃない。


 利害で近づいてきた相手。

 婚約という名の取引。

 その前提は、何一つ変わっていない。


「今日は、話があるって言ってたわね」


「ああ」


 アーシュは頷き、ほんの一瞬だけ視線を逸らした。

 その癖を、リリアーナは知っている。彼が、計算では割り切れないものに触れるとき。


「君の余命について」


 空気が、静止した。

 心臓が一拍遅れて音を立てる。


「……誰から聞いたの?」


「医師だ。君が伏せていたことも含めて」


 責める調子はない。

 ただ事実を確認する声。


「そう」


 リリアーナは、それ以上を語らなかった。

 同情も、慰めも、もう聞き飽きている。


「取り消す気はない」


 アーシュが言った。


「婚約を?」


「そうだ」


 意外でも何でもないはずなのに、胸の奥が、わずかに軋んだ。


「合理的じゃない、って言わないのね」


「合理的だ。君が生きている限り、君は価値を持つ」


 冷たい言葉。

 でも、それは彼なりの誠実だった。


 ——それでも。


「……ねえ、アーシュ」


 リリアーナは、笑った。

 いつも通りの、強がった笑顔。


「私、可哀想でしょう?」


 わざとだ。

 試すような言い方。


 アーシュは、即答しなかった。

 彼女を見つめ、その奥を読むように、静かに、深く。


「可哀想だとは思わない」


「へえ」


「君は、まだ未来を諦めていない」


 その一言で、喉の奥が詰まった。


 気づいてしまう人は、いつも、厄介だ。

 自分で必死に隠しているものを、いとも簡単に指摘する。


「……強がりよ」


「知っている」


 彼だけが、気づいた“強がり”。

 誰にも見せなかったはずの、震え。


「だからこそ、君は生きている」


 それは慰めじゃない。

 希望でもない。


 ただ、現実を見て、それでも隣に立つという選択。


 リリアーナは、視線を逸らした。

 泣くわけにはいかない。

 この人の前では、特に。


「冷たい婚約者候補、ね」


「評判は気にしていない」


「でしょうね」


 くすり、と笑いが零れる。


 触れなかった未来。

 語られなかった結末。


 それでも、今だけは。


 リリアーナは、ほんの少しだけ、肩の力を抜いた。

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