1、とんでもないことになった
おはようございます、こんにちは、こんばんは!
数ある作品の中から見つけてくださりありがとうございます。
よろしくお願いいたします。
強制転移した。一瞬のできごとだった。
若葉は夜空を飛び回る鳥のように浮いている。
心はその反対。底なし沼に落ちたような気分である。
よみがえるのは付き合ってからの楽しかった日々。
初めてできた彼氏なのだからなおさらだ。
「あーあ本当に最悪。好きだったのにな。でも最後に見たあの表情は何だったんだろう」
心がモヤモヤしていたところに暗闇から一転。
突然目の前が明るくなり目がくらんだ。
光のすき間から差し込むのは青々と生い茂る木々。空に投げ出されたのだ。
息苦しいほどに風を感じる。けれど何かを考えている余裕はない。
今にも森へ不時着しようとしているのだから。
身ひとつ命綱もなく。
「いやぁーーーーーー」
(あたしここで死ぬのかな。まだやりたいこと沢山あったのに。どうしてそのうちやろうなんて、あと回しにしちゃったんだろう)
死ぬ間際に思うことは後悔だ。
「あ? たっ助かったぁ……」
気がつくと何かに引っかかり止まった。
さすがに想定外の展開で心が悲鳴をあげそうだ。
「はぁ……生きた心地がしないよ。自然が豊かなところって聞いてたけど……明らかにジャングルじゃん!? それにしてもコルドは生贄の趣味が悪いよね。どうしてあたしが選ばれたんだろう」
若葉の容姿は、いたって平凡。
黒髪のセミロングに瞳の色はブラウン。目の大きさはうらやましがられることがある程度。
美味しそうに見えたのか。念のために体の匂いをかごうと腕を顔に近づけようとしたところで気がついた。
ありえない状況になっていることに。
「噓でしょ……」
おそるおそる辺りを見渡すと目前に広がるのは緑色ばかり。
ぶら下がる手元をたどれば木の枝に引っかかっるブレスレットが見える。
命をつないだのはコルドから告白されたときにプレゼントされたもの。
地面が少し遠く感じるのは気のせいではない。
これでは本当の意味で助かったとは言えない。
ふたたび恐怖心がこみあげてくる。
自覚すればするほどに、みるみると青みを帯びていく顔色。
「無理、無理、無理ぃ――」
若葉は身震いをした。皮肉なことに逃さないという執念を感じる。
地面に叩きつけられなくて済んだことはいい。けれどいつまで保つか分からない宙ぶらりんの体勢は危険すぎる。
突風でも吹いたらどうなるのか、考えただけでおそろしい。
「だっ誰かいませんかー。助けてくださーい」
これでもかというくらいに必死で叫ぶ。
少しでも動いたら落ちるかもしれない恐怖とたたかいながら。するとどこからか馬の蹄の音といななき声が聞こえて来る。
どんどん大きくなるそれは希望の音。
もう一度声をあげる。火事場の馬鹿力ならぬ火事場の大声だ。
「助けてくださいー。ここです! ここにいます」
「――今助けに参ります」
返答があったことで一気に生への兆しが見えた。
近づいてくる希望の音を聞きながら生まれる感情は複雑だ。
生贄の恐怖から逃れられたわけではないのだから。
話の分かる人であることを願いながら声の主が到着するのを待った。
現れたのは騎士の格好をしている男だった。白馬に乗り颯爽と近づいてくる姿を見て息をのむ。
澄んだピンクゴールドの瞳に、銀髪をなびかせて走り寄る。
異次元級の美しさに見とれるほど。
彼は一瞥すると剣を空へと振りかざし目にも止まらぬ剣さばきで木の枝を切った。
「キャッ」
腕が軽くなり落ちる恐怖に目をつむり衝撃に備える。
予想に反して何やら柔らかくて温かいものに包まれた。
「へっ!?」
目を開けると彼の顔が目の前にある。
若葉は、ぽかんと口を開けて静止した。
騎士の腕だと気がつくのにそれほど時間はかからなかった。
「お嬢さん大丈夫ですか。お怪我はありませんか」
「あっはい! 大丈夫です。ありがとうございました」
慌てて返事をするも状況が飲み込めない。
(待って! 待って! 待って! 何この展開)
「よかったです。助けるためとは言え、ブレスレットを切ってしまい、申し訳ありません」
「いえ、もういらなくなったので……」
抱きかかえられたまま、ちぎれたブレスレットに視線を向ける。
コルドとの絆を表しているように見えた。
若葉は拾わない。見るのも嫌だと眉間にしわが寄る。
ようやく地に足が着いたと同時に、胃をグッとつかまれたかのように痛んだ。
「そうですか……申し遅れました。私はアラン・カーライトと申します。クルーシー王国の王国騎士団団長を務めている者です。ところであなたのような若いご令嬢が、何故一人でこのような場所におられるのですか。この辺りはまだ整備も行き届いておらず危険な場所なのです」
訝しげに問われても答えを持ち合わせていない。
「あたしにも突然のことで、何がなんだかわからないんです」
「そうでしたか。それは災難でしたね。って本当に大丈夫ですか!? やはりどこかお怪我でもされたのではないですか」
「えっ?」
この人は何を言っているんだと言わんばかりに首をかしげる。
「泣いていらっしゃるので」
頬にそっと手をやると濡れていた。
「あっ……これは汗です。怖くて冷や汗かいただけです」
妙に恥ずかしい思いが込みあげる。
泣いていることに気がつかぬほど傷ついていたのは事実。
若葉はそれよりも騎士団団長という言葉に引っかかりを覚える。
混乱するのも無理はない。
漫画や小説など、空想のコンテンツでしか聞いたことがない言葉なのだから。
クルーシー王国という名前も世界のどこを探しても聞いた覚えがない。
「そうは見えませんが……。とりあえず無事で何よりです」
当然濡れている場所ゆえに涙をまったくごまかし切れていない。
納得していない表情をするアランをよそに、若葉はある考えにたどり着く。
妄想のし過ぎに違いないと。
様々な設定がまぜこぜの明晰夢を見ているのだと。
そうでなければ説明がつかない。アランは愛読漫画の推しキャラに顔が似ているのだ。
目の前に都合よく現れるわけがない。
試しに頬をつねってみた。
「痛ーい。何で!? 夢じゃない」
「お嬢さん! 何をなさっているのです。頬が赤くなっているではありませんか」
痛みが現実だと教えている。願いが砕かれうなだれた。
「あたし、お嬢さんなんかじゃありません! 若葉と言います。聞いてくださいよ。初めてできた彼氏が人に化けた悪魔だったんですよぉ……」
予想とは違いアランは不思議そうに首を傾げた。
それもそのはずクルーシー王国の悪魔――それは若葉の知る悪魔とだいぶかけ離れた、尊い存在なのだから。
「分かりましたから。少し落ち着いてください。よろしければお話、聞きますから。私の家はここから近い場所にありますので」
若葉はアランの優しさに甘えることにする。見知らぬ人だからこそ話せることがあるのだ。
悲しいのか悔しいのか、行き場のない気持ちを誰かに聞いてもらいたかったから。
この判断がとんでもない事件に巻き込まれることになろうとは。このときは知る由もなかった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
また次回お会いできたら嬉しいです。




