9、消された歴史①
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一番驚いたのはコルドだ。魔王――アランによって命が生かされていた真実は、どう受け止めるべきなのか。
素直に喜ぶべきことかもしれない。
問題はアランの魂が一部ではあるが体に宿っていること。
そうなるとコルドは一体何者と呼ぶべきなのだろうか。
本来の魔力がどれくらいのものだったのか分からない。並外れた魔力を保持しているのは後天的なもので、それがなくなれはばこの体はどうなってしまうのか。
不安がよぎる。
「待ってくれ! 僕はもしアラン団長がいなければ、死んでいた可能性があったということなのか」
「あぁおそらくな。可能性はあっただろう。――実はアランが生まれた際に、膨大な魔力を宿していたんだ。しかし突如としてその魔力が失われたのだよ。そしてどういうわけかコルドに受け継がれたと聞いている」
皆にどよめきが起こる。
コルドはうなだれる。苦虫をかみ潰したような表情をしながら最悪な想定が頭をよぎる。
「もうそれほとんどコルドが魔王じゃん」
「言いたいことは分かる。だがアランが生存している以上、コルドは人間なのだよ」
「ねぇそれってどちらかが命を落としたらどうなるのかしら」
ミレーナのひと言でその場が凍てつく。
純粋な疑問を述べただけなのだが、誰もが考えないようにしていたこと。
言葉は刃のようで、心の中へと突き刺さる。意図せず傷つけるそれはときに暴力となりうるのだ。
コルドの表情はより一層陰っていく。
「――俺にもよく分からない。ただ……魂が一つになるのではと考えている」
ライルは言いよどみながら遠慮がちに答える。
その言葉にコルドは肩を揺らす。横ではラズマン犬が慰めるように前足を背中に置く。
「そうなのね……それでしたらラズマンさんは悪魔よね。何かご存じなことありません?」
一番気になることであるのは確かだ。
突然振られたラズマン犬は少し考える素振りを見せて答える。首をかしげる姿は何とも可愛らしい。これは犬のなせる技だろう。
「えぇ我が言えることは、魔王様はこの世にはただ一人しか存在しないということです」
「嘘でしょ!? じゃあもしアランさんが目覚めたら、コルドがいなくなっちゃうかもしれないってこと!?」
やはりというべきか一人は確実に消える。
若葉は思わず叫んだ。色々と思考がついていかないところはある。確かなことはコルドを失いたくないということ。この先のことを沢山の話し合って、考えてどうしていくか決めていくつもりだったから。
アランが魔王であるならば、きっとどこかで「我の魂を返してもらうぞ」という展開が待ち受けている。
考えずにはいられない。何が起こっても不思議ではない。この国は現実離れしている世界観なのだから。
「若葉は僕がいなくなるのは嫌か?」
「えっあっ……」
切なげな、そしてどことなく甘さを含んだ表情で問われれば、胸がツキンと痛む。妙に照れくささもわく。
「何故黙るんだ。やっぱり僕のこと、まだ許せないのか?」
「そうじゃないけど」
「ならっ」
そこでミレーナがパチンと手を叩く。
「二人ともそこまでにして。その話は後にしましょう。何より今は大事な話をしている最中でしょう。そちらを優先するべきだと思うわ」
当たり前だ。何をのんきに話をしているのかと気まずさが押しよせる。
言い合いが始まりそうなところを、止めてくれたことに感謝でしかない。
ライルは続ける。
「そうだな。本題に戻るが……はるか昔この国に歪みが生じ悪魔が現れたんだ。以前から度々そのような現象が起こっていてな。しかしあるとき知性を持った悪魔が現れたのだよ。そしてその悪魔を助けたのがこの国の王女だったんだ」
「少し待ってくださる? わたくし国の歴史はひと通り学んだのだけれど、そんな話文献でも見たことがないわ」
若葉は王妃にさえ隠されている歴史を知るのは怖いと思った。けれど好奇心に勝るものはない。
「そうだな。これは当時の国王が犯した大罪に関わるゆえ、隠蔽されたのだからな」
「いっ隠蔽って相当まずい話じゃん」
若葉は思わず耳をふさいでうつむいた。聞きたくないとは言えないけれど、本当に聞いていい話なのかと自問自答する。
そんな様子を見てコルドが優しげに声をかける。
「若葉、大丈夫か? 僕も正直聞くのは怖いよ。でも今起こっている現状が、先祖の罪によるものなら僕には知る権利がある」
「そうね。コルド殿下はある意味被害者ですもの」
若葉は我に返る。知らないことには何も始まらない。いや始められないのだ。
「大丈夫です。続けてください」
ライルの方に向き直ると姿勢を正した。
「若葉さんには本当にすまないことをした。巻き込んで悪かったと思っているよ」
「あっいえ大丈夫ですので……」
謝られると思っていなかったので慌てて両手を横にふる。
ライルは大きく頷くと話を続けた。
「それでだな――色々あって王女は助けた悪魔と契りを結んだのだ。それに激怒した当時の国王は実の娘である王女を殺めてしまったのだよ」
予想の斜め上をいく展開に開いた口が塞がらない。確かに大事な娘が得体のしれないものと契りを結んだとなれば、怒るのも無理はない。しかし殺人はいただけない。もっと他に解決方法があったはずなのだ。
「まぁ! なんてことなの」
ミレーナは相当ショックだったようで、顔から生気が消えた。
「俺も初めて知ったとき、耳を疑ったよ。その血を受け継いでることが腹立たしくもある。当然怒った悪魔は争いを起こし戦争が始まった。しかし悪魔は次第に気がついた。争いに何の意味があるのかと。もう王女はいない。ゆえに生きる意味を見い出せず、自害したのだ」
「えっそれじゃあその争いがずっと続いていて、魔王の魂を持っているアランさんが生まれたことで、ようやく魔物の声が分かるコルドが争いを止めたってことですか」
「いや少し違うな。確かにすぐには争いは終わらなかった。魔王がいなくなったからとはいえ、互いに沢山の犠牲者が出たからな。負の連鎖が続いたんだよ。後に人々はその悪魔を王女をたぶらかした悪魔の大王――魔王だと言い始めた」
「その悪魔めちゃくちゃ不憫なんだけど」
知れば知るほどおとぎ話として聞いていた悪魔と違いすぎる。
人間と変わらない悲恋の物語を聞いているようだ。
もしかしたら人の噂も当てにならないのだろう。
「ふっそうかもな。ただ亡くなった王女が悪魔との子を授かっていてな、争いを止めたのはその子だよ。その子こそ魔物たちの言葉を理解できる救世主だったのだ。王女は随分と策士だったようだね。悪魔の腹心に子を託すことで上手く子を隠していのだからな。そして魔王の汚名も払拭されたというわけだ」
情報量の多さにめまいがする。人間と悪魔との間に子が生まれることも衝撃なのに、子供を残して自害するなどあってはならない。
「子どもですって!? でしたら何故その話が後世にまで伝わっていないのかしら」
「王妃の言うことは最もだ! だが世に出ていない文献にはこう書かれていた。先祖返りと言って何百年かに一度悪魔の子孫が生まれ平和が保たれてきたと……」
「なら魔王は魔物の言葉が理解できたということか。だから僕は今、魔物たちの言葉が分かるのか」
「あれ? でもそれだと、意思疎通のできない時期が存在しませんか」
そうなのだこれでは再び争いが起こっていてもおかしくない。
「それに関しては記述があってな。最悪の事態に備えあらかじめ決めごとをしていたのだよ。いつか言葉のわかる者が生まれたら再び会おうと交流を絶ったそうだ」
「そうなんですね……それはそれで悲しい決断ですね」
何百年と言ったら人間にとっては長い。魔物の寿命は知らないが唐突に永遠の別れを経験するのだ。
「まぁ争いで生じる痛みよりもずっとましだろう。それでだなつまり悪魔の子孫として生まれた子は、必ず魔物たちの言葉が理解できたのだ。そしてその血が絶えぬよう守られてきた。それがあるときからパタリと生まれなくなったのだよ。長い年月が過ぎ交わした約束も忘れ去られたころ、誤って魔物たちが人間の領域に踏み込んだんだ。お互い分かり合えなくなっていたことで再び争いに発展したというわけだ」
「そんなことって……」
若葉は両手で口元をおさえる。
これは翻訳機を持たずに海外旅行へ行き、誤って他人にぶつかることに似ている。
言葉が通じずにまともに謝ることができない。そこで相手を余計に怒らせた挙句、言い争いに発展するようなもの。
「まさかその家系は……」
ミレーナが心底驚いたように声を張り上げる。
若葉は首をかしげながら次の言葉を待った。
「おそらく推測は合っている。アランの生家であるカーライト家は、国の平和を守る役割として、王女と魔王の血が絶えぬよう代々王族が臣籍降下してつないできた爵位なんだ」
最後までお読みいただきありがとうございました。
また次回お会いできれば嬉しいです。




