探索
「お、なんかやたらとでかい戦車が居るね。遠近感がおかしくなりそう」
クラーククレーターをよじ登り始めた【ルナ・アルケニー・ブラウエカッツ】からふもとをふと見下ろしたアイリスが見つけたのは20m近い全長で、2基の砲塔を並べる超重戦車だ。距離の見当があらかじめついているのでサイズも推定できるが、空気による散乱が無いが故に距離にかかわらず細部のディティールが「見えてしまう」ため、異常に近くにいるような錯覚がある。
『おそらくあれが【ストライカータンク】でしょうね。話には聞いていましたが、冗談のような巨体です』
メイフェアがアイリスの呟きに反応した。だが、メイフェアの本来の装備は高速巡洋艦の【プリンセスメイフェア】だし、アイリスに至ってはスペースコロニーの【セサミシード】なのだから、巨体、という点では【ストライカータンク】ですら全く比較にならない。【ルナ・アルケニー・グレイブ】に同乗するプルナはそれに気付いたが、あえてアイリス等の心の棚に突っ込むことはしなかった。大人な対応である。
「あの主砲は【プリンセスメイフェア】の副砲に近い火力があるそうです。おそらく現在チャンドラー及び近隣宙域で2番目、あるいは3番目の火力でしょう。姫様」
クオもアイリスの呟きに反応した一人だった。クオが参照した公団のオフィシャルデータでは、【ゼカマシ】と同級の駆逐艦の主砲が同程度の火力を発揮するとされており、どちらが優勢かは周囲の環境や目標との距離によって結果が異なるとクオは推定している。
『履帯式でも動けるんだな』
『ゆっくりでいいなら、だな。バズー君。まあ、あの図体だからそもそも敏捷じゃないだろうけど』
バズーの感想にムラが答えた。最初から履帯式でも動けるとはわかっているが高機動性は期待できないと予測していた。掲示板の情報からも、急加速が思うようにいかない、と読める。
『ブラウエカッツ、巌だ。そこからこれが見えるか?』
右手に20mほど離れた所にいたザラマンダは【鉄壁】こと巌の機体だったようだ。
『巌さん?なんか見つけた?』
アイリスは巌の指し示した当たりの地面をズームアップする。
『わかるかな?規則的なパターンがあるんだ』
『角度が悪いね。そこまで行くよ』
がしゃがしゃとルナ・アルケニーが歩いていく。足音はしない、といいたいところだが、地表の振動を拾って各機のマイクが足音を再生している。音源のルナ・アルケニー内はもっと作動音が聞こえているが、音量はうるさすぎない程度に調整されている。
『ここだ。クレーター山頂歩行に向かってるように見える。あるいは山頂から降りてきたのかもしれないけど』
巌が示したそれは確かに轍のように見える。
「砂をはねのけた方向から察して、上に上ったんだと思うな」
「そうなの?ドーユーさん」
「多分、な」
「クオ、記録を。それから映像を全機に配信」
「はい、姫様」
『ブラウエカッツより全機、【鉄壁】が何者かの移動痕跡を発見。映像を送るので意見を求む」
『スカーフェイスよりブラウエカッツ。パターンから推定して大径の車輪か履帯と推測』
早速スカーフェイスからレスポンスが得られた。
『わかるものなんだ?』
『ああ。カーブしてるとこの轍の付き方で判別するんだ。どっちかといえば履帯だと思う』
わかりやすいように、という気づかいなのだろう。解説はロールプレイなしの語り口だった。
『カンプより全機、新しいものかどうか判別できるだろうか?』
『グレイブよりカンプ。難しいと思います。ここには空気が無く、風雨に晒されないので意図して消さなければいつまでも最初の状態を保ちます』
バズーの質問にはメイフェアの解説が入った。リアルでもかれこれ100年以上たってもアポロ計画のクルーが付けた足跡が月に残っているらしい。
『ブラウエカッツよりスカーフェイス、我々より前にこのエリアを探索した人は?』
『いない。この轍以外足跡ひとつなかっただろう?』
「イベント前に遡っての公団の記録でもこの区画の地表探査記録はありません。姫様」
スカーフェイスの返答をクオが補強した。つまり、フロンティア星系で既知の存在以外が付けた轍、ということになる。
『ブラウエカッツより全機、この轍をたどって遡行してみようと思うがどうか?』
『カノーネ乗った。』
『ラケーテン了解』
『カンプ了解』
『グレイブ提案を支持します』
スカーフェイスが【松の湯】の意見をまとめている間にセサミオープナーのメンバーからはアイリスの提案を支持する返答が返されていた。
『スカーフェイスよりブラウエカッツ、了解した。先行してもらいたいがいいか?』
『こっちの方が装甲があるからね。妥当だと思う。じゃあ、行きましょうか』




