追跡中
『ところで先輩』
『なに?飛鳥ちゃん』
【松の湯】を先導して動き始めたところで飛鳥がアイリスの【ルナ・アルケニー・ブラウエカッツ】に通信を送ってきた。
『なんで轍を追いかけるんじゃなくて遡行することにしたんですか?別に対案があるわけでもないからいいんですが』
『ああ、その事ね。あの轍、確率的には古いものの可能性の方が高いのよ。だって、私たちより前から存在するなら千年以上さかのぼれるかもしれないわけで』
『?…あ、トーラスのドローンと同じ…』
『そう。ついでにセサミシードの製作者と同じ連中なら、ね。だから追いかけても轍の主がいるとは限らない。でも、ゲーム的にどこからともなくポップしたんでなければ遡行すれば出発点にはたどりつける、かもしれないでしょ?』
アイリスはポップした線は薄いと考えている。何かと理屈っぽいところがあるこのゲームで、しかもあからさまに手がかりになる轍の主が湧いて出た、というのはなさそうに思えるからだ。
『セサミシードが旧文明の製品ってことだとクオちゃんも旧文明の製品なの?』
飛鳥の質問に、アイリスもそういえばその辺りを突っ込んで聞いてはいなかったな、と思った。
「どうなの?クオ」
「はい。姫様。セサミシードの対人インターフェイスとして用意されていました。公団の調査のために言語系のアップデートやプラウザのインストールを受けています」
『だそうよ。飛鳥ちゃん』
「因みに姫様への忠誠はデフォルトです」
「いや、時系列が変だよ。クオ」
近頃ようやく、クオの発言が設定上の事柄とゲームシステム上の事柄が混ざっていて前後関係や時系列に齟齬が出ていることに気付いて、流すことを覚えたアイリスだった。
『スカーフェイスよりブラウエカッツ、いいか?』
『ん、スカさん何かあった?』
アイリスはスカーからの通信に反射的に【ルナ・アルケニー・ブラウエカッツ】の向きを変えようとした。
『いや、そのままでもいい。この轍だが、情報を共用掲示板にあげて構わないか?』
『いいんじゃない?今は抜け駆けよりも係る人数を増やした方が進展が早そうだし』
「それでしたら、私が処置をしましょう。姫様方は探索を継続なさってください」
『クオはこう言ってるけど?スカさん』
『わかった。任せるよ』
スカーフェイスの返答は、笑顔の気配がした。
遡行は周囲を警戒しながら、さらに轍を踏み散らさないように用心しながらなのであまりスピードが上がらない。途中、他の轍をいくつか見つけたが、場所と共にスクショを記録に残して追跡は最初の轍に集中している。分隊に分けて探索の手を広げる案もあったが、協議の結果敵対的なものと遭遇する可能性もあるので戦力分散を避けることとなっていた。ただ、そうはいっても月面用にわざわざ開発したルナ・アルケニーの足は元々が速いので、他のプレイヤーが轍を追認するころにはクレーターの頂上付近にたどりついていた。
『ピー、ピッ…』
「またか…クオ、逆探知は?」
「申し訳ありません、姫様。照射時間が短すぎて間に合いませんでした」
クラーククレーター頂上に近づくにつれ、極短時間だが照準レーザー警告の発報が多発するようになっていた。最も感知能力の高い【ブラウエカッツ】でも発信源を定位できないほど短時間の照射なので何者の仕業かはわからないが、狙われているという事実はストレスにはなる。
『しかし、異文明接触がいきなり交戦状態ってのも今時ハード設定だな』
『え?誰か攻撃されたんですか?巌さん』
巌が漏らした感想にプルナが反応した。
「照準レーザーや照準レーダーの照射をするのは言ってみればいつでも撃てる、と言うのに近いですから、交戦行為に準ずるんですよ。国によって規定は違いますが、反射的に反撃しちゃった、テヘペロ、が通ってしまう事態です」
プルナの疑問に解説を加えたのはメイフェアだ。
『わからないのはどうして撃ってこないのか、だな。警告だとしても、こっちはずっと無視して進んでいるんだから、そろそろ威嚇射撃の一つくらいあってもおかしくないと思うんだが』
スカーフェイスが別の疑問を口にした。
『同感じゃの。む?』
『どうした?村田さん』
『どうやらこの轍は外れじゃな』
ルナ・アルケニーの前部作業肢で村田が指し示したその先では、崩落した岩塊が轍を遮っていた。




