それはテンプレと言うものか
「ドナウ」に入港したアイリス一行は、上陸前にもう一度ログアウト/ログインを実行した。というのも、当初はそのまま上陸して公団事務局に向かうつもりだったのだが、リンクが回復しないクオをどう運ぶかという問題を全く考えていなかったので「ならばリアルで2時間も置けばリンクが回復するのではないか」と相談がまとまったからだ。
「お帰りなさいませ、姫様、皆様」
再ログインした一行を目論見通りリンク回復したクオが迎えた。
「うん、ただいま。あっちは首尾よくやってた?」
「はい。多少の齟齬は発生しましたが、予想と誤差の範囲内でしたかと」
「齟齬、と言うとたとえば?」
「皆様新たに調理技能を取得されました」
「…あぁ」
「えと、だれも調理持ってなかったのですか?」
「…ご苦労なさいましたのね…」
食材を前に途方にくれる男性陣の姿が容易に想像できてしまう3人だった。
「だいたいご想像通りの事態が派生したと申し上げてよろしいかと。ですが、流石生産職トップグループを自認される方々です。2食目からは全く危なげなく」
「バダーさんとバズーさんは?」
生産職でないインセクティア兄弟の事を言及されたクオは、そっと目をそらしたのだった。
事件と言うものはこんなに転がっている物か、それともこれもゲーム内で何かの補正でもはいっているのか、とアイリスが思ったのは、上陸して公団事務局へと徒歩で向かうその途中、プレイヤー向けの商店が立ち並ぶ区画でのことだった。別にタクシーを使ってもよかったのだが、港湾区画を出てから300m位の距離でもあり、ゲーム内での初めての街並みを観光したくもありで徒歩で移動を選択していた一行の進行方向右手のショーウインドウがいきなり爆ぜたのだ。
「うぉびっくりした!」
「きゃぁっ!」
「なんでしょう?」
「推定しますに、強盗の類ではないかと」
ショーウインドウを破壊して通りに飛び出してきた物を認識して、アイリスの視線の温度がみるみる急降下していった。なぜなら、エネルギーパックや陳列棚から適当にかき集めたと思しき銃を両手に抱え込んだそれは
「…ザラマンダ・プロト」
「姫様?」
「ひうっ!?」
「アイリスさん?」
アイリスから漏れ出す殺気にあてられてプルナが顔色をなくす。事態に理解が追い付きだしたようで、それなりに人手の出ていた通りに悲鳴が伝播し、人々は周囲を睥睨するザラマンダ・プロトからいち早く逃れようと走り出す。そんな中
「アイリスさん、あのお店、IDEさんのお店のようです」
メイフェアが共通の知人の名を出す。
「クオ、店内に人が居るかどうかわかる?」
「一人。死んではいないようですが、動きがありません。おそらく気を失っていて、あるいは負傷している可能性もあります」
その場に立ち止まったままの一行は自然と取り残されることになる。アイリスと視線の合ったザラマンダ・プロトがゆっくりと身を起す。
「プルナさん、クオ、下がって。メイちゃん、回り込んでIDEさんを助けに行ける?」
「やってみましょう。たぶんいけます」
「姫様、ご無理をなさらぬよう」
ザラマンダ・プロトから視線を外さぬままのアイリスの問いかけにメイフェアが答え、クオはプルナを促して後退する。アイリスは3人に取り残されたのではなく、その場にあえて残ったのだとばかりに堂々と腕組みをした仁王立ちでザラマンダ・プロトに対峙する。
「おいばかにげろ!」
「誰か警備に連絡を!」
人垣から散発的にかかる声を無視して立ちはだかるアイリス。その160cmほどの体躯は2mを超すザラマンダ・プロトに対してあまりに小さいが、その身から滲み出す殺気と迫力のせいかまるでザラマンダ・プロトを見下ろしているかのように見える。
「おい。ザラマンダ・プロトはそんなくだらないことのためのものではないぞ」
いつのまにかわずかなさざめきのみが残る中、アイリスの冷えた言葉が響いた。




