美しき青きドナウ
アイリスが雑事をかたずけ再ログインしたブリッジは、思ったよりもあわただしかった。
「6!9!4!1!2!3!」
「うわ、と、いきなり、これ、は、」
「アイリスさん!舌をかみますわよ!!」
ゆっくり、ではあるが方向がランダムに変化するGに何事か尋ねようとするも、メイフェア、プルナ両名ともそれどころではない忙しさのようだったので諦めて砲術長用の情報スクリーンで状況を探ることにした。
「う、わ、これを、回避、…」
「8!4!7!2!7!1!」
「アイリスさん、主砲3斉射!照準はオートで!」
「あっ、うん、主砲塔1番から4番、斉射3連!」
どうも岩塊の多い宙域に入ったらしく、プルナが矢継ぎ早に読み上げる数字が回避方向で、メイフェアは巡洋艦の巨体にもかかわらず次々と障害をクリアする、その真っ最中であったらしい。代償に乗り心地は酷いありさまだったが。
20分ほどそれが続いただろうか。アイリスはようやく落ち着いたブリッジで、いささかげんなりしながら改めて事情を聴いていた。
「件の戦闘ドローンに追われてでもいるのかと思ったよ」
「ドローンに襲われたのは襲われたのです、アイリスさん」
「そうなの?メイちゃん。その割には戦術モニターには姿が見えなかったけど」
「まぁ、相手にしていませんでしたから」
メイフェアの微笑もいつもの穏やかなものでなく少し疲労が混じっているように見える。
「そんなんで大丈夫だったの?」
「例えば、ですがアイリスさんがいつか掲示板で報告された狸」
「うん、あれがなに?」
「あの時狸が襲ってきたとしたら、どうされました?」
「ほっといたかな?ザラマンダ・プロトの装甲を狸が抜けるわけがないし」
「ドローンの主兵装のレーザー、ザラマンダ・プロトで1,2発は耐えられるんです。で、巡洋艦の装甲がザラマンダ・プロト並なわけはないですから…」
「あぁ…」
相手にしない、というよりは相手にならなかったらしい。
「えっと、それに一度接触したらそれきりでしたし」
「?どうして?プルナさん」
「速度差が大きすぎたんです」
大気圏外では空気抵抗がないから、機体サイズとは無関係に大推力を長く使ったらその分だけ速度が上がる。結果、加速力はともかく最大速度は大型エンジンを持ちプロペラント量に余裕のある大型艦の方が小型艇よりも速い。まして接触時の【プリンセス・メイフェア】は内惑星系最大船速に近く、ドローン程度では追いすがれなかったのだ。
「ですが、その直後に岩塊群と交錯しまして、その最中にアイリスさんが戻っていらしたのです」
因みに相対速度が大きかったのであわただしいことになっただけで、ものすごく密集した岩塊群、と言うほどではなかったようだ。
「まあ、トーラス帯も完全に抜けましたしあとは減速しながらステーションにむかうばかりです」
トーラス帯を抜けると、それまでよりも明らかに異なる点があった。他の船影が散見されるようになったのだ。
「あれは桃次郎さんの輸送船、一番星号ですね。護衛についているのはムツキさんの駆逐艦【ゼカマシ】です」
「なんか、どっちも派手だね。方向性はずいぶん違うけど」
一番星の船体には多数のイルミネーションが点滅し、浮世絵の風景画が手本と見られるイラストが描かれている。一方ゼカマシには光物こそ標識灯しかないものの、船体いっぱいに少女の特大イラストが踊っている。
「…友達?」
「と言うほど懇意にさせていただいているわけでもありませんが。現状船を所有するのはNPCかランダムガチャで引き当てたプレイヤーだけで、船乗り掲示板でそれなりに知り合ったりしているんですよ」
「あ、発光信号です。えと、コウカイノアンゼンヲイノル、ゼカマシ、だそうです」
「プルナさん、返信を。文面はヨキクエストヲ、プリンセスメイフェア、で」
やがて、青い「フロンティア」をバックに回転する公団ステーションが識別できるようになってくる。
「ところで、公団ステーションって名前はないの?メイちゃん」
アイリスが素朴な疑問を口にする。実のところ他のプレイヤーはステーションでスタートしているから自然に見聞きしているであろうことでもセサミシードに隔離されていたアイリスは無知であり、それには自覚があったからだ。
「ありますよ。でも中途半端に長いので普段は皆さん公団ステーション、とか単にステーションと呼んでいますが」
「なんていうの?」
「スタンリー・キューブリックだそうです。因みに中央港はドナウ、と名付けられています」




