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 このリソラ大陸南端の調査チーム本拠地は、中型飛空挺を整備した平地に数艇着艇させ、それをそのまま基地の大半として使用しているのだが、部分的に簡単な後付の建築物も含まれている。

 食料や消耗品を搬入し貯蔵する倉庫や、飛空挺と飛空挺を繋ぐ回廊部分などがそうであるし、海とジャングルの景色が見渡せる食堂兼会議室部分はその後付けの建築物の中でも最大の建物であった。


 食堂に隣接する厨房や食堂内で立ち働くスタッフには、調査団とともに外宇宙からこのソランへやって来たクルーに混って数多くの現地雇用の従業員がいた。

 建物群の建築や本拠地内での生活をサポートするスタッフに、地元の人間を多く雇用するのは、大挙して押しかけてきた自分たちからソラン側への補償的意味合いを含む。

 また、調査チームが不正な侵略者としてではなく、あくまでも学術的調査の為に訪れたのだという事実を、彼らから外部へ向けて伝聞してもらう目的もあった。


 もちろん基地として使用している土地の整地事業や、部分的に増築された建築物の建設に当っても、現地雇用の労働力が使われている。

 建設された回廊や倉庫部分は後々の解体作業を容易にする為に、質素で簡素な構造が採られていた。

 しかし食堂兼会議室部分のホールは調査事業の終了後、中央政府惑星群から惑星ソラン政府へ友好記念の建築物として贈られ、公共施設として使用することが決まっている。

 その為、構造はシンプルではあるが、機能的かつ洗練されたデザインの小奇麗な建物になっている。

 ホールの正面入り口は現在、中型飛空挺とホールを繋ぐ回廊によって塞がれているが、調査団の撤退後には、ガラス質の壁材に発光性の蔓植物を封入した美しいアーチ型の門扉が置かれるという話だ。

 ぐるりを囲む整地済みの敷地も、大きな公園にするという。

 建物東の海に面した食堂のガラス壁は緩やかな曲線を描き、夕風に葉を揺らす丈高い熱帯植物や、その後ろに控える穏やかな海を幻想絵画的美しさに透過している。


 夕食を摂りにホールに入ってきたアリスは、食堂の普段と違う雰囲気に大きな黒瞳を更に大きく見開いた。

 明らかにいつもより人の数が多い。

 研究者などと言う人種は、自分の作業に没頭すると洒落や冗談ではなく寝食を忘れる者が多くいる。

 集中力がある……と言えば聞こえも良いが、要は時間や状況に対して気がまわらないというだけの事である。

 特に今は大学の夏期休暇中であり、授業や会議という時間的な拘束が少ないせいか、そんな浮世離れした生活にはまり込む傾向が強くなっているようだ。


 いつもなら食堂がオープンしている時間に行けば、誰かしら朝とも昼とも夜ともつかない食事を摂っているし、いちどきに食堂に人が溢れるような事は、調査開始から時間が経つにつれ少なくなってきていた。

 人々の姿を見渡すと、普段は作業着や薄汚れた白衣のまま食事をとっていたような博士連中が、なにやら小奇麗な格好をしている。

 デザイン性や機能性には優れていても、生活感の欠片も無く無機質な印象だった食堂ホールのそちこちには、盛大に花を活けた大きな花瓶が置かれているし、如何にもそっけない金属製の長テーブルの上には真っ白なテーブルクロスが掛けられ、生花を盛ったガラスの鉢と、美味しそうな色とりどりの料理が大皿に盛られてトコロ狭しと並べられていた。

 しかも、生演奏で静かな音楽を奏でる少人数の楽団までがいるとなれば、それが日常的光景と言うのは無理というものだろう。


 状況を飲み込む事が出来ずに呆然とフロア内を見渡すアリスに、同僚との談笑の輪に加わっていたクロウが手を振って近づいてきた。


「今日は、何事……?」


 ぼんやりと呟くアリスを、マオカラーのシルクシャツの肩に綾織の布を襷に掛けた民族衣装風の出で立ちのクロウが、そつなく窓際の席へとエスコートする。


「慰労会です。もうすぐ調査終了ですからね。聞いていませんでしたか?」

「あ~……聞いてたかもしれないけど……。今日だったの……」

「このところずっと忙しくされてましたから、忘れても無理ないです」


 席に腰掛け、クロウに飲み物を手渡されたアリスは、下唇を突き出した不満そうな表情をしている。


「……危なく泥だらけのパーカでご飯食べに来るトコだったわ」


 憮然とアリスは自分の服を見下ろした。

 白麻の短丈のAラインワンピースはそっけないデザインで、下は膝丈のレギンスに草臥れた編み上げサンダル。

 泥だらけのパーカよりはマシかもしれないが、お世辞にもお洒落とは言えない格好をしていた。


「……泥遊びでもしましたか?」

「そんなわけないでしょう。……シラー博士のせいよ。何度言ってもサンプルのコンテナを洗浄しないまま積み込もうとするんだから。検疫官の嫌味をどうして私が聞かされなきゃならないのよまったく! あんまり……頭に来たから、シラー博士のオフィス入り口に泥だらけのコンテナ積み上げて『細菌汚染・注意』って張り紙張って全部置いて来たの」

「……そんな力仕事でしたら一言声をかけてくだされば……」

「手伝ってくれたの?」

「フリンにやらせます」


 即座に返ったその答えに、思わずアリスも笑みをこぼした。


「あはは……。ついでにコンテナの周りに洗浄剤のボトルを置いて、洗浄機の説明書も張ってもらおうかしら」

「……シラー博士が説明書をまともに読むとも思えませんね。コンテナの洗浄もフリンにさせましょうか?」

「あんた、悪ね~」

「秘書として高給優遇してますよ。ただ私は無駄が嫌いな性質なので、フリンの機動率が低いと損をしたような気がして……」


 とぼけた様子で語りつ、クロウはアリスのグラスに飲み物を注ぎ、大皿から食べ物をサーブする。

 慰労会と言っても形式ばった挨拶や儀礼的な物はないらしく、皆、歓談を楽しんだり普段より豪華な食事に舌鼓を打ったりと、自由にやっていた。

 調査団の平均年齢の低さはこのあたりにも反映されているようだ。

 もしこれが高名な老学者連を交えた席であれば、そうは行かなかった事だろう。

 クロウの軽口を聞き、何気なくスマートな所作で食事の世話を焼かれるうち、身なりのせいでの気後れを忘れていた事に気づき、アリスは少しクロウを見直す気持ちになる。

 ……つかみドコロはないけど、悪い奴じゃないじゃない?


「しかし早いものですね、来週にも第一陣は引き上げですか……」


 名残惜しそうな口調に意外なものを感じ、ティーカクテルの中のフルーツを口に入れながら小首をかしげた途端に、不意打ちの台詞が彼女の耳朶を打つ。


「……フリンに、人魚の積載許可を出したらどうですか?」


 不快な喉越しで、ふやけて味の暈けたフルーツが食道を滑り落ちてゆく。


「なに? ……前と意見が違うようね?」


 楽しい方へ傾きかけていた心に水を差され、つい、アリスも口調が鋭くなった。

 睨み付けた先のクロウは横顔を見せながら、白磁の上の冷菜にナイフを入れている。


「意見は変わりませんよ」


 ふと、クロウの口元に笑みが浮かぶ。


「ただ……悲劇と言う結果が同じなら、よりフリンに対して打撃の大きいほうが───」


 そう言い差した時、ゆらり、クロウの背後に人影が立ち、力のこもらない恨みがましい声を響かせた。


「僕に、なんなんですか~?」


 驚いて返り見ると、きゅるると腹の虫を鳴らせながら憮然とした面持ちのフリンが、腕組みの上から見下ろしていた。


「なんでもないです……。来ていたんですね」


 ばつの悪そうな苦笑いを口元に貼り付けたクロウが、おずおずと言う。


「来てたんですね? じゃないですよ! なんなんですかっあの怪獣が暴れた後みたいな仕事場の様子は!?」


 ぼんやりと成り行きを見守っていたアリスとクロウの視線が一瞬、出会った。

 クロウが口だけを動かして音にならない声で


「わざとです」


と、微かに口角を持ち上げた。


「僕が用事から戻ったらメモだけ残して……。アレを片付けておけって……あんまりじゃないですかっ。い……今までかかったんですよ?」


 地団駄でも踏みかねない様子のフリンに、クロウは自分の隣の空席を指し示して座るようにと勧める。

 怒るのも無理はない。

 どうやらクロウは故意にフリンの『稼働率』を大幅に増やしたらしい。


「まあまあ、ご苦労だったね。さあ、まあ掛けたまえ」

「言われなくても座りますっ!」


 いまだ憤然とした表情のまま、フリンはクロウの横の席にどっかと腰を下ろした。

 テーブルについた彼の前に、クロウがすかさず飲み物の入ったグラスを差し出し、とりなすようににこやかに料理の盛られた取り皿を次々と渡している。


「お腹がすいたでしょう。ほら、ここに『とても美味しい魚料理』もあるんですよ」


 言いながら立ち上がり、隣のテーブルの大皿から赤肉の魚のマリネを給仕するクロウの姿に、思わずアリスの口から言葉が零れる。


「その魚……。まだ食べてないじゃないのよ。美味しいとかテキトーなこと言って」


 インチキね、との呟きに秀麗な面を心外そうに歪ませたクロウが


「この魚は、以前、友人から土産で貰ったことがあるんです。本当ですよ」


 と抗議した。

 手渡された皿から、美しい薄紅色の魚肉のマリネをフォークで突き刺し口いっぱいに頬張ったフリンは、並べられた空の皿の数から察するに、すっかり空腹が癒えたらしく、上機嫌に「美味しい」を連呼した。


「そうでしょう」


 頷くクロウの口元を酷薄な笑みが一瞬過ぎる。


「……?」


 怪訝に思い見つめなおすアリスだが、視線の先のクロウは汚れてもいない口元をナプキンで拭う所作で隠した。


「……あ……っ」


 白いナプキンの陰からクロウがくぐもった声を漏らした。

 その眉間には深い皺が寄せられている。


「『あ』?」


 普段にないクロウの様子に、食事後のデザートに食指を伸ばしていたフリンも驚いて顔を向けた。


「……なによ、変な声出して」

「いや……よくウマイ魚ほどグロテスクだと言うじゃないですか……。さっきの魚はどうだったのか…と思いまして」


 天井のシャンデリアを見上げながらしきりに考えている表情にただならぬものを感じて、フリンの笑顔がこわばった。

 さすがにアリスも微かに不安を覚える。


「知らないの……?? あんた、貰って食べたって言ったじゃないの!」

「貰ったのはスモーク状態の切り身だった……ので」


 硬くこわばったフリンの顔からさっと血の気が引く。


「うっ海蛇みたいだったらどうしてくれるんですかっ!? ……もし鰻みたいにニョロ長かったらッ。それともミミズみたいだったりしたら……ッ!?」


 長い魚が苦手なフリンが、錯乱気味に騒ぎ始めた。

 アリスも黄色い魚だったら嫌だ……と内心思ったが、大袈裟なくらいに取り乱したフリンの様子を目の当たりにして……情けなくて、苛立った。

 自分より年かさの人間が、あまりにも鬱陶しい。

 ガタンと、音たててアリスが席を立つ。


「煩いわね。今、厨房で聞いてきてあげるから、待ってなさい!」


 足音荒く立ち去るアリスの後姿に、さすがにフリンも口を閉ざした。


「甘いですね」


 歩いてゆく黒髪を見送って、浮かせかけていた腰を下ろすと、クロウが一言呟く。


「……アリスはフリンに甘過ぎます」

「だって、義兄妹きょうだいですから。最初はちょっと僕も緊張したんですけど。……なんだか予想以上に彼女がなついてくれて、本当にうれしいです」


 さっきまでの取り乱した態度が嘘のように、嬉しげな表情を満面に浮かべているフリンから目を背け、クロウはテーブルに両肘をついて組んだ両手指の上に顎を乗せた。

 サラリと、長い髪がクロウの横顔を隠す。


「鈍感も限度を越すと、罪悪ですよ」


 低くくぐもった彼の言葉は、殆どフリンの耳には届かなかったようだ。

 何を言ったのか聞き返そうと口を開きかけた時、顔面を蒼白にしたアリスが厨房から二人のもとへと帰りついた。

 すばやくクロウは顔を彼女へと向け


「どんな魚でしかたか、アリス?」


 不自然なくらいに優しい声色で、そう問いかけた……。




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