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幕間1 門前町ヨイガサキ ーー 第八話 封じられた声

テレザが荷物へ手を伸ばす。その前に、クラーラが立った。


「誰が保管するんです」


「私です」


「触れますか」


「必要なら」


「必要かどうかは誰が決めるんです」


「私です」


「なら、預けません」


イヴァナは表情を変えなかった。


「夜標なら、あなた方の隊に属する物です。管理所が保管を強制することはありません」


机の上の黒石を指す。


「ですが、欠片は登録された夜標ではない。未知の物を街へ持ち込んだ以上、個人での保管は認められません」


「姉さんの声が入っています」


「だからこそです」


「それは理由になってない」


クラーラはテレザの荷物を自分の側へ引き寄せた。イヴァナも一歩前へ出る。二人の間へ、ミラダが立った。


「保管の条件を決める」


「規則は決まっています」


「なら、その中で決める」


銀の鍵へ視線を向ける。


「四人の立ち会いなしに箱を開けない。管理所の外へ移さない。声が出た場合は、触れる前に呼ぶ」


「それでは解析ができません」


「壊さない検査は?」


「可能です」


「それだけ先にしろ」


イヴァナはクラーラを見た。


「ご家族へも連絡します。姉君に関する発見です」


「必要ありません」


即答だった。


「ハヴェルコヴァー家には、三年前の記録を受け取る権利があります」


「記録なら送ればいい。欠片は渡さないで」


「あなたも同じ家の方でしょう」


「だからです」


姉が帰らなかったあと、家では百鬼夜境の名そのものが避けられるようになった。それ以上、クラーラは話さなかった。イヴァナはしばらく考え、条件を紙へ記した。


「夕刻まで非破壊検査を行います。開封は四名の立ち会い時のみ。異常があれば即座に呼びます」


「箱は私が閉じる」


クラーラが言った。


「封印は私が施します」


「見ています」


「構いません」


テレザが灰色の欠片を布ごと取り出した。親指ほどの湾曲した欠片は、朝の光の下でも石にしか見えない。声を宿しているとは思えないほど、乾いていて、冷たそうだった。テレザが欠片を白い箱へ置き、クラーラが自分で蓋を閉じた。イヴァナは三枚の封印札を貼り、銀の鍵で術式をつないでいく。白い箱は封鎖室へ運ばれ、扉の向こうへ消えた。クラーラは見えなくなるまで、その場から動かなかった。


封鎖室の扉が閉じると、若い職員が盆を持って入ってきた。炒った米の香りがする茶が、四つ並んでいた。


「帰還者用です」


「無料?」


テレザが尋ねた。


「無料です」


「先に言って」


盆が机へ置かれる前に、一杯を取る。


「普通は、熱いので気をつけてくださいと先に言います」


「それより大事」


ミラダも一杯を受け取った。クラーラは茶を取らず、封鎖室の扉を見ている。エリシュカが一杯を持ち上げた。


「飲む?」


「いらない」


「じゃあ、私が二杯飲む」


器を引こうとすると、クラーラの右手が先に取った。


「飲まないんじゃなかったの?」


「あなたが二杯飲む必要はない」


「心配してくれた?」


「夜境へ入る前に腹痛になると困る」


茶へ口をつけたクラーラが、わずかに眉を寄せた。


「熱い」


「普通は先に言うらしいよ」


若い職員はまだ部屋にいた。


「言いました」


「次は治療です」


監視官が言った。


「必要ない」


「必要です」


三人の声が重なる。クラーラが振り返った。


「誰に聞いたの?」


「光」


ミラダが答える。


「手」


エリシュカが続けた。


「落とした小瓶」


最後にテレザ。


「持ち直した」


「落としかけたことは否定しないんだ」


治療室は検査室より狭かった。白い壁。金属製の寝台。棚には薬瓶と包帯が並び、窓の外には封鎖室の扉が見える。


クラーラは窓に近い椅子を選んだ。


「左手を出してください」


治療師に言われても、視線は封鎖室へ向いたままだった。


「私が見てる」


エリシュカが窓際へ立つ。


「何か動いたら呼ぶ」


「声が出たら?」


「先にあなたを呼ぶ」


それでようやく、クラーラは焦げ跡の残る手袋へ指をかけた。右手だけでは、留め具を外しにくい。


「貸して」


エリシュカが手を伸ばす。


「自分でできる」


「できる人は、もう外してる」


少しの沈黙のあと、左手が差し出された。留め具を外し、指先からゆっくり手袋を抜いていく。現れた掌には、カラカサの柄と同じ幅の赤い痕が残っていた。指の付け根は腫れ、皮膚の一部が薄く紫色へ変わっている。


「痛い?」


「聞かれなければ忘れてた」


「同じ言い訳、二回目」


「同じ手だから」


治療師が薬を取りに離れた。赤く腫れた掌へ、エリシュカが指先を触れる。クラーラの手が、わずかに引かれた。


「痛かった?」


「冷たかっただけ」


「私の手が?」


「そこは確かめなくていい」


図譜なら、どの頁のどこへ触れるべきか迷わない。人の手は、思っていたより難しかった。指を浮かせると、今度はクラーラの方が手を少し動かした。掌が、再び指先へ触れる。


「薬が来るまで」


窓を見たまま、クラーラが言った。


「何が?」


「動かさない方がいいんでしょ」


「たぶん」


「曖昧」


「専門外だから」


それでも、薬が運ばれてくるまで、どちらも手を離さなかった。戻ってきた治療師が、掌へ冷却薬を塗った。


「二日は左手へ術式を通さないでください」


「右手なら?」


「弱い術式だけです」


「痛みが出たら止めること」


「痛いと言わない人には、何の基準にもならない」


エリシュカが口を挟んだ。クラーラが横目で見る。


「誰の味方?」


「手の」


包帯が掌を覆い始めたとき、廊下で激しい鐘が鳴った。管理所の警報だった。ミラダが先に治療室を出る。続いてテレザ。


クラーラも立ち上がろうとしたが、垂れた包帯の端を治療師につかまれた。


「まだ終わっていません」


「欠片が」


「私が見てくる」


扉の前で、エリシュカは振り返った。


「今度は待ってて」


言い返される前に廊下へ出る。封鎖室の前では、イヴァナが扉の術式を確認していた。


「箱は開いていません」


「声は?」


ミラダが尋ねる。


「中から聞こえました」


治療途中のクラーラが、包帯を引きずりながら追いついてきた。


「何て?」


イヴァナは答えなかった。四人が揃うのを待ち、三つの錠を外した。扉が開く。白い箱は、封鎖台の中央にある。


蓋も、三つの封印もそのままだった。図譜はエリシュカが抱えている。誰も箱へ触れないまま、部屋に入った。静寂が続く。


警報の誤作動かと、監視官が口を開きかけた。その前に、箱の中から声がした。


『エリシュカ』


マルケータの声だった。七つ数える間もなく、声は別の方角へ移りもしない。封じた箱の内側から、直接エリシュカを呼んでいた。ヤマビコの反復とは違う。クラーラではない。


今度に限って、呼ばれたのはエリシュカだった。



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