三夜 夢を見続けた、夢を追い続けた
しかし、現実の世界は、若いふたりに甘く微笑んではくれなかった。
社会人失格――これが第一の躓きだった。
三年後必ず迎えに行くよ、と旅立って行ったはずが、男は僅か一年で地元に送り返されて来た。
「もういいよ、お前」
日に日に薬の量と種類が増えていっても、女には『元気にやっているよ』と言い続けた。数字と罵倒。始発と終電。数字と罵倒。始発と終電。数字と……。
社用車で吐いた日、産業医からストップがかかった。
「ほらな」
色褪せたポストに退職届を投函したあと、男は喫茶店に寄った。外回りのサラリーマンをぼんやりと眺めながらコーヒーを飲んだ。慣れないブラックで。
「結婚は考え直したほうがいいんじゃないか?」
女の父親は男の躓きに落胆していたが、女はこんなことぐらいでふたりの未来が閉ざされたとは微塵も思っていなかった。
ある日、妹に言った。
「いざとなったら私が養ってあげるもの」
「本気で言ってるの?」
さぁね、と微笑む女。
「あの人のところに行ってくるわ」
男は予定より一週間早く退院した。だからといってすぐに動き出せるはずもなく、彼が再び求職活動を始めるには、さらにもう一ヶ月の自宅静養が必要だった。
晴れの日にはハローワークで求人を検索したり、職員に悩みを話せた。ちょっとでも天気が悪くなるとそれだけでベッドから起き上がれない。梅雨時は週に一回のハローワーク通いでさえ困難になった。たまに本を開いても文字が頭に入ってこない。五分も読んでいると文字がひとりでに歩き始めて気持ちが悪くなった。
消せない傷のついた履歴書はことごとく落ち続け、たまに面接まで進めても意地の悪い面接官に手足が震えそうになるまで苛め抜かれた。ハローワークのテレビで高校野球を観た日、初めて「自殺」という言葉が冷たくよぎった。
「俺よりいい人が、きっと……」
そんな弱音も吐かなくなってしまった恋人に、女はあのときの言葉を言いかけては、そのたびに我慢した――いざとなったら私が養ってあげるもの。
男がある決心をしたのは八月の終わりで、それを女に打ち明けたのは九月の中旬だった。
「二年間だけ夢を追わせてほしいんだ」
女は、男の決心に泣いて喜んだ。
現実に打ちのめされ、いまにも消えてしまいそうだった恋人の目にあの日の情熱を見た。初めて両親に嘘をついた、二泊三日の伊豆旅行。絡ませた指先に重なりの余韻を探していたとき、男はたしかに言った――俺はいつか作家になるよ。
いまがそのときだった。
女の両親はふたりの決断を心配したが、遠回しにお見合いを匂わせても、ストレートに「別れろ!」と言っても、娘はもう親の言うことに耳を傾けなくなっていた。言えば言うほど反発されるばかりで、女がついに「駆け落ち」という言葉を口にしたとき、父親は娘の行く末をすっかり諦めてしまった。「自分達でやっていくって言うんだから好きにさせたらいいんじゃない?」表向きは諦めたような顔をしながらも、母親は女親らしく娘のロマンスを応援した。妹は「私だったら無理だな」と苦笑いで言った。
ひとつ屋根の下の暮らしを始めてから間もなく男は派遣社員として社会に復帰した。給料は安くいつ切られるか分からない、不安定な身分ながらも毎日が充実していた。仕事にすべてを捧げなくていい。気に入らない仕事だったらいつ辞めたっていいんだ。開き直って小説のことだけを考えた。残業は一切せず、昼休みも本を読んでいるか、あるいはものを書いているか、夢追い人はもう周りの目や陰口など気にしなくなっていた。
アパートに帰れば彼女がいる。優しい笑顔と温かい手料理に応えたい。筆一本でもっと豊かな暮らしをさせてあげたい。なにより子どもの頃からの夢を叶えたい。『夜の果てへの旅』の主人公だって言っていたじゃないか。
「こんなふうに夜の中へ追い出されてばかりいれば、それでもいつかはどっかへたどりつくにちがいないさ」
夢を見続けた、夢を追い続けた、この二年間がふたりの人生において最も幸せな時間だったことは言うまでもない。
最後の望みを賭けた作品は、一次選考を通っただけで終わった。選評にはこう書かれてあった。
〈作者が多くの作品に触れてきたことはよく分かるが、それが悪い形となって作品に出ていた。文章、テーマ、世界観、すべてが二番煎じ。自分の作風を確立出来ないようでは上は目指せないだろう。これからの努力に期待する〉
選評を読み終わったあと、男はひと月ぶりに笑って言った。
「どこか旅行にでも行こうか」




