二夜 空想主義者
学生時代の終わりが近づくにつれて、空想主義者のふたりもいい加減現実と向き合わなければならなくなった。本は食べられないし、福沢諭吉でもない。大変残念なことに。
女は決して高望みはしなかった。少なくとも本人はそう思っていた。地元の会社で細々と事務の仕事が出来たらいいな。周りがギラギラと可能性を試していこうが、人は人で自分は自分。はじめから分をわきまえ、目標は控えめに立てていた。
それでも思ったようにことが進まない。就職活動の最中、妹にたびたび愚痴を言った。
「声の大きさと笑顔の明るさが採用基準なら、私なんか逆ピラミッドの最下層よ……」
「そういうとこじゃないの? ……あぁ、ごめんごめん。いまの嘘。いまのは嘘だから!」
一方、男は人が変わったように動き回っていた。ためになりそうな説明会があれば県外にも遠征した。何度落ちても次から次に履歴書を出し続け、チャンスを掴めば赤いネクタイで面接に臨んだ。
週末のデートが月一に減り、電話も一日のちょっとしたことを話すだけで終わる。女は寂しがった。不満もゼロとは言えず、一度だけ浮気を疑ったことも……。
「僕のお嫁さんになってほしい」
男が初めてそのことを口にしたとき、女は夜の喫茶店で泣いた。お人好しのマスターが新作のコーヒーをふたりにご馳走した(そのコーヒーは一ヶ月後メニューから消えていた)。
周りより時間はかかったものの、ふたりとも目標としていたところに落ち着いた。
夏休みには再び伊豆を訪れた。日帰りの慌ただしい旅だったが、そのときはお互い嘘をつかずに済んだ。
卒業を間近に控えた二月、男は改めて挨拶に訪れた。
「三年後に」
女の両親を前に男は言った。
母親は「まぁ」と喜んだ――今夜はお赤飯にしなくちゃね!
「すまない」父親は十分席を外した。
心優しい青年だが世間知らずの娘を任せるにはどこか頼りない。そう不安に思っていた彼の堂々とした話しぶりに用意していた台詞がすっかり飛んでしまった――一国一城の主であるこの俺が? 現実を見据えた上での愛の深さに長年夢見ていた親父の鉄拳も振るい損ねてしまった――なんてことだ! 握り締めていた決意は、娘を任せるに値する、頼もしくなった青年の肩を強く叩くばかりだった。
「三年後、この子にどうか綺麗なドレスを着させてやってくれ」
「約束します」と男が言ったとき、未来の義兄の凛々しさに、涙をぽろぽろと零す姉に、渋々その場にいた妹でさえ目頭を熱くさせた。




