20.残り時間
関係者入口の前には、簡易の仕切りが置かれていた。
中ではスタッフらしき大人が数人、忙しそうに動いている。
「すんませーん」
声をかける。
一人が振り返った。
「ん? ここは立ち入り禁止だよ」
「クラス委員です。資料届けに来ました」
手に持っていた束を軽く持ち上げる。
男が近づいてきて、ちらりと中身を見る。
「あー……確かに関係資料だな」
少し考える素振りを見せてから、顎で中を指す。
「中に置いといてくれる?」
「はーい」
そのまま仕切りをくぐる。
後ろで布が揺れた。
氷室が小さく言う。
「……案外、バレないものね」
「こういうのは、堂々としてたらバレないもんだ」
「……あんたが言うと妙に説得力あるわね」
一歩、奥へ進む。
機材の間を抜けながら、視線を走らせる。
スピーカーの裏、足元の配線、組まれた骨組みの奥まで当たる。
氷室が小さく息を吐いた。
「……ないわね」
近くの機材に手を伸ばし、裏側を覗き込む。
「堂々としてたらって言っても、あんまり時間が掛かると怪しいわ」
「それに、そろそろしおりちゃんの出番よ」
「……待て」
氷室が振り返る。
「どうしたの?」
「今、なんて言った」
「……えっと、そろそろしおりちゃんの出番よ?」
「その前だ」
氷室が少し考える。
「堂々としてたらって言っても……」
「――それだ」
俺はそのまま歩き出した。
「ちょっと、どこ行くの」
背後から声が飛ぶ。
さっきまで当たっていた機材を外し、奥へ抜ける。
骨組みの脇を回り込みながら、視線だけを上に向ける。
照明とスピーカーの列。
その奥。
「……あ」
後ろで氷室が息を呑む。
俺は手をかけた。
「堂々としてても怪しくない場所」
一段高い足場に体を引き上げる。
「それでいて、まだ見てない場所」
氷室が小さく呟く。
「……舞台」
「だな」
「行くぞ」
組まれた骨組みの上に上がると、機材の陰に不自然な箱が置かれているのが目に入った。
配線がそこに集中し、無理にまとめられたような形で伸びている。
氷室が息を詰める。
「……これ」
「……あぁ パンツじゃないな」
「当たり前でしょ!!
……ふざけないで」
「……氷室、ふざけてたのか?」
少しだけ首を傾げる。
「こんなとこでふざけたらダメだぞ」
「それはあんたでしょ!!」
その瞬間、下から歓声が上がった。
空気が一気に変わる。
舞台の中央に、光が集まる。
「……っ」
氷室の声が揺れる。
「しおりちゃんが――」
言い切る前に、唇を噛む。
「時間がない……!」
⸻
校舎に入ると、音が消えた。
さっきまでの熱気が嘘みたいに、静かだ。
「あかりちゃん……誰もいないね」
小森が小さく言う。
そのときだった。
廊下の奥。
一つだけ、動く影。
「……っ」
あかりが息を潜める。
「小森先輩……静かに」
小さく頷く。
距離を取って、後を追う。
足音を消しながら、曲がり角の陰に滑り込む。
影の主が立ち止まる。
背中越しに、声が漏れた。
「くくく……」
低く、歪んだ笑い。
「あとは時間の問題だ……」
「蓮くんが主役じゃない学校なんて――」
一瞬、言葉が途切れる。
「そんなもの、壊してやる!!」
あかりと小森は顔を見合わせる。
――やっぱり。
その瞬間、身を乗り出した小森の体勢が崩れる。
ガタンっ!
物音が響いた。
影がゆっくりと振り返る。
「……っ!?」
影の目が見開く。
「あ、あんたは……」
あかりが思わず声を漏らす。
「……誰だっけ?」
「失礼だよっ」
小森が小さく声を上げる。
「……私も知らないけど」
影の顔が引きつる。
「俺は橋元だ!」
一歩、踏み出す。
「課外活動のとき、一ノ瀬くんの隣にいただろうが!!」
「えー……」
小森が微妙な顔をする。
「えと、ごめんなさい!」
「お前ら……」
肩が震える。
「バカにしやがって!!痛い目に遭わしてやる!」
橋元は、二人に向かって走り出す。
「逃げてください!」
あかりの声と同時に、二人は廊下を駆け出した。
背後から足音が迫る。
「待て!!」
怒声が追いかけてくる。
逃げようとした拍子に小森の体勢が崩れ、そのまま床に倒れ込む。
「もう逃げられないなぁ」
橋元は口を歪めながら、近づいてくる。
「あかりちゃんだけでも逃げて!」
「おやおや……優しいこと――」
橋元は、小森の方を見た瞬間、動きを止めた。
視界に入った白。
「あ……」
その直後だった。
――ぶしゅっ。
「っ!?」
鼻から勢いよく血が吹き出す。
「く……くそ……!」
そのまま崩れ落ちる。
「俺を止めても……」
息が荒い。
「爆弾は……止まらないからな……!」
動かなくなる。
あかりが息を呑む。
「……やっぱり」
小森も顔を上げる。
「爆弾、あるんだ……」
二人の間に、沈黙が落ちる。
「どうしよ……」
「時間が……」
――もう、残っていない。
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