↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
21/22

最終話.パンツの未来

下からの歓声が、さらに大きくなる。


氷室が唇を噛む。


「……時間がないわね」


俺は箱から視線を外さない。


「なら――」


小さく息を吐く。


「俺らでやるしかないだろう?」


「でも、どうやって」


即座に返ってくる。


「スピーカーが二つ。照明が二つ。飾りも左右で二つ」


指で順に示す。


「全部、一組ずつだ」


一拍も置かず続ける。


「なのに、こいつだけ片割れがない」


氷室がすぐに反応する。


「……単体ってこと?」


「そうだ」


視線を落としたまま頷く。


「パンツと同じだ」


「は?」


「人はパンツを履いてるだろ」


「パンツだけあったら、おかしい」


氷室が額を押さえる。


「例えが終わってるわね……」


しゃがみ込む。


配線に指を滑らせる。


「対称機材を a、単体機材を b とする」


「追加された予備を α、未接続を β、切断済みを γ」


「……」


「なら全体はこう置ける」


空中をなぞる。


「N = Σ(2a) + Σ(b) + α - β - γ」


氷室が式を追う。


「……対称は全部 2a 側に入る」


わずかに間を置く。


「つまり偶数になる、ってことよね」


「そうだ」


氷室の視線がそのまま動く。


「α は追加、β と γ は減るだけ……」


考えをなぞるように、言葉が続く。


「全体を揺らすだけで、本質には触らない、ってこと?」


口元がわずかに上がる。


「流石に理解が早いな」


「……なら残るのは Σ(b)」


「単体」


「だからズレるのはそこだけ」


「そうだ。こいつが独立してる」


指が止まる。


一本だけ、他と違う線。


氷室が息を呑む。


「……間違えたら?」


「終わりだ」


ふっと笑う。


「安心しろ」


「俺は――パンツで負けたことがない」


「私に負けたじゃない」


「そうだったか」


「そうよ」


指をかける。


「いくぞ」


「うん」


引き抜く。


ぷつん。


…

……

………


何も起きない。


氷室が息を吐き出す。


その場に座り込む。


「……止まった?」


軽く頷く。


「ああ。パンツ算に間違いはない」


下から歓声が広がる。


舞台は何も知らないまま進んでいる。


氷室が立ち上がる。


スカートの埃を払う。


少しだけ、視線を逸らす。


「……その」


小さく口を開く。


「さっきの……ちょっとだけ、カッコよかった――」


歓声が一気に大きくなる。


言葉がかき消される。


「ん?」


顔を向ける。


「何か言ったか?」


氷室が一瞬だけ固まる。


すぐに顔を逸らす。


「……っ、何も言ってないわよ!」


「そうか?」


「そうよ!」


なぜか声が強くなる。


「ほら、行くわよ!」


「なんで怒ってるんだ」


「怒ってないわよ!」


背中を向けて歩き出す。


その後ろを追う。


舞台の光が、隙間から差し込む。


歓声がさらに大きくなる。


何もなかったように、世界は進んでいる。


……こういうのも悪くないな。


⸻


あの日から、数ヶ月が経った。


事件は機材トラブルとして処理されたらしい。


犯人がどうなったかは知らない。


――というか、興味がない。


ただ一つ。


あのときから、少しだけ変わったことがある。


ガラガラ、と扉を開ける。


「待たせたな」


教室に入ると、いつもの顔ぶれ。


小森、爽太、あかり――


そして。


「遅いわよ」


氷室が軽く手を振る。


「ああ、悪い」


席に近づくと、爽太が言った。


「進路面談、長かったな」


「まあな」


氷室がこちらを見る。


「で、どうするの?」


少しだけ間を置く。


「教育大に行く」


爽太が目を丸くする。


「は? お前、教師になるの?」


「ああ」


「なんでまた」


一瞬だけ、あの日の光景がよぎる。


舞台の裏。


何も知らずに立っていた背中。


歓声。


「青春を見守りたい」


間髪入れずに爽太が返す。


「絶対違う」


氷室が少しだけ顔を逸らして言う。


「……意外と似合ってるじゃない。癪だけど」


あかりが大きく頷いた。


「先輩なら、いい先生になるっす!」


小森がふっと笑う。


「じゃあ、安心だね」


「何がだ」


「だって」


少しだけいたずらっぽく笑う。


「何かあっても、助けてくれるんでしょ?」


「……さあな」


爽太が口を開く。


「……で、今日はどうすんだよ」


氷室がスマホを見ながら言う。


「しおりがもう待ってるって」


「よし、行くぞ」


あかりがぱっと顔を明るくする。


「やった! どこ行くっすか?」


小森が小さく言う。


「映画とか、どうかな?」


「いいね!」


騒がしい声が教室に広がる。


そのとき。


ピコン。


頭の奥で、小さく音が鳴った。


足が止まる。


「どうしたの?」


氷室が振り返る。


「パンツだ」


「やっぱりそれじゃない!」


「うむ」


どこかで、ぼそりと声がした


ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。


少しでも楽しんでいただけていたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。