第三章⑪
今夜のミヤビの唇はコーラの味がした。
ニシキの唇の味はコーヒー。
アイナの唇の味はスペア・ミント。アイナはハルカとキスをする前に慌てて白い包み紙のチューインガムを噛み始めた。きっとお昼に美味しいものを食べていたんだと思う。
「ぷはぁあ、」アイナは音を立てて唇を離し、ハルカの方に倒れ込んできた。ハルカはしっかりと抱き締めて、その場に座らせる。
アイナはとろんとした目でハルカを熱っぽく見つめて言う。「もぉ、ハルちゃんってばぁ、吸い過ぎだよぉ」
「ごちそうさまでした」ハルカは手の平を合わせて言う。
「ごちそうさまって、なんか、厭らしいわぁ」アイナは口元に指を当てて言う。
「ごめん、セーブ出来なくて、でも、その代わり私、今、」ハルカはとっておきのハルちゃんスマイルで言う。「とっても煌めいているでしょ?」
『うん、』ハルカに頭を向けて地面に寝っ転がるミヤビと膝を抱いて横になっているニシキとハルカの左足を抱いて体を支えているアイナは目を細めて頷いた。三人はそして髪の色が悪い。ハルカが三人のエネルギアを頂いたからだ。『っていうか、髪伸びすぎっ』
「え?」ハルカは自分の煌めく髪を触って確かめる。三人の言うとおり髪は長く伸びていた。中学生の頃のハルカは髪の毛が長かったけれど、今はそれよりも長い。「どうして?」
「髪が長くなったのはエネルギアを備蓄していく場所が必要だからだ、つまり要領が増えたんだ、とにかくお前たち、よくやったぞ、」腕を組みながらキョウカが不敵な笑顔で言う。「ハルカ、その煌めきは第二世界の魔女のものだ、いや、彼女たちの煌めきも凌駕する煌めきだぞ」
「そう見えるのは雪が降っているからかも」ハルカは煌めき過ぎてちょっと恥ずかしかった。
雪の大きさは徐々に大きくなり、夜空から落ちてくるその数も増えてた。その雪はハルカの煌めきを演出している。
「ははっ、」キョウカは雪を手で掬いながら笑う。「そうかもな、この雪のせいかもしれないな、とにかくこれでお前はやれる、お前次第になったぞ、この物語の結末はな」
ハルカがミヤビとニシキとアイナにキスをしたのは、コオリコが探している火の魔女の魂を探し出すためだった。ハルカの羅針盤という魔法を強化すれば探し出せる、とキョウカは言った。「強化するためにはエネルギアをハルカに注ぎ込めばいい、ハルカのエネルギアが四百パーセントになれば、普通のハルカが見つけられないものだって見つけられるようになる」
「注ぎ込むってどうすればいいんだ?」ミヤビが手を上げて質問する。「マシロの充電器みたいにキスすればいいのか?」
「そうだ、ハルカにチュウするんだ、」キョウカは冗談を言うみたいに半笑いだった。「お前等はマシロの充電器みたいに誰にでもエネルギアを供給することは出来ないけれど、相思相愛の関係においてはエネルギアを供給することが出来るんだ、まあ、お前たちなら大丈夫だ、夜な夜な乳繰り合っているのは知っているんだぞ、あははっ、今更照れるな、全く本当にふしだらな奴らだな、」キョウカは口を大きく開けて豪快に笑い、そして表情を真面目にして唇の前に指を立てる。「ああ、このことは実は第三世界の魔女には教えてはいけない禁忌だから、お前等、絶対にセンカ殿には私が話したって言うんじゃないぞ、言ったら殺すぞ」
「禁忌も何もそれ、」ミヤビは雪落ちる天を見上げて哀愁を漂わせて小さな声で言う。「知ってたかも」
ミヤビは夏のことを思い出していたのかもしれない、とハルカは思う。
ハルカはミヤビの中にある、寂しさのことを知っている。
夏にミヤビは大事な少女との別れを経験した。
まだその悲しみをミヤビは忘れていない。
ずっとその悲しみは消えないと思う。
そう思えるほどの経験が夏にあった。
ミヤビはセンチメンタルの渦の中。
だからハルカはミヤビをぎゅっと抱き締めて微笑み掛ける。その渦の中から掬ってあげようっていう優しい気持ちで抱き締めた。「まずはミヤビから、頂きます」
ミヤビにキス、ニシキにキス、アイナにキスをして、そして。
エネルギア四百パーセントになったハルカは紫色に煌めき。
目を瞑り羅針盤を編んだ。
羅針盤とは難しい。
難解な魔法だ。
とても難解でそれは躊躇いを産むほどだ。
でも今夜はコオリコが傍で五指を組み、出会うことを祈っている。
そして何より四百パーセントのエネルギアが躊躇いを許さない。
エネルギアは魔法の糸となり、編まれることを望んでいる。
ハルカは編んだ。
いつもよりも四倍の量のエネルギアの処理は脳ミソのとあるセクションを揺らがせ、血の温度を上げた。
熱い。
ゆっくりと丁寧にいきたいな。
そう思っていたし、そうしようと思っていた。
それが甘い考えだったとすぐに気付く。
いつもの四倍の量のエネルギアはいつもと同じ処理速度をハルカに求めてきた。
いつもと同じ精巧さで編めよと完成である巨大な大きさの羅針盤が求めている。
それは違うとすぐに気付く。
冷静になる一瞬の時間があった。
自分の体だ。
自分の体が強く求めているのだ。
急がなきゃ。
時間は十分にあるのに?
時間切れになる前に終わらせて。
終わるでしょ、その前に終わるはずでしょ?
油断しないで。
ああ、そうだね、納得した。「私は油断できないのよね、いつだってそう、私は油断する瞬間を嫌っている」
でもなぜか。
今日は油断していたな。
いや、昨日から。
マミコトと出会ってから油断していた。
それはなぜ?
羅針盤が展開。
ハルカを中心に巨大な紫色の光が羅針盤を天に向かって描く。
羅針盤は瞬間的に拡大し錦景市をすっぽりと囲み込んだ。
羅針盤の北と南を指す針。
それを回転させる。ハルカは指を天に向けて、クルクルと回す。
回れ。
回れと、指を回す。
ハルカの脳ミソにあらゆる情報が飛び込んでくる。
二千何年かの十二月二十四日のクリスマス・イブの錦景市のあらゆる情報。
綺麗な少女、苦しみ、憎しみ、嫌らしさ、コーヒーと煙草の苦み、エロ、グロ、ナンセンス、愛おしさ、強靱な人々のギアが作り上げた軋む社会、クリスマス・イルミネーション、六花錦景。
あらゆる情報にハルカは頭痛が痛い。
痛い。
全てのことを認識すること、消化することは不可能だ。
全て見過ごす。
ただ彼女の魂を見つけるために泳ぐ。
どこ?
あなたはどこにいるの、と泳ぎ続ける。
白勝ちの桜錦のように孤独に泳ぎ続ける。
泳ぎ続けてどれほどの時間が経過したのか。
四百パーセントだったエネルギアはすでにゼロに近い。
羅針盤はぐらつく。
一度持ち直してから、すぐにもう一度、大きくぐらついた。
展開は収束。
もの凄い速度で収束。
まだ見つけていない。
ハルカは羅針盤の針の回転を速める。
もっと速く。
もっと速く回れ。
見つけろ。
頭痛が痛い。
そう思った。
その瞬間。
見慣れた保健室が見えた。
錦景女子の保健室。
そこにいる少女二人。
マミコトと、見知らぬ綺麗な少女。
その少女の指をマミコトは舐めている。
その少女に薫る、火の匂い。
焔。
熱。
ハルカは確信する。
羅針盤の展開はハルカの足下で点になり。
紫電を小さく放出して弾けた。
ハルカの長い髪の毛の色は悪い。
頭痛が痛い。
額を押さえる。
眩暈がする。
くらくら。
足に力が入らない。
目の前のアイナに倒れ込んだ。
アイナは準備していたみたいにしっかりハルカをぎゅっとしてくれた。
彼女の柔らかくて大きな胸に顔を埋める。
アイナはハルカの頭を優しく撫でて言う。「ハルちゃん、平気?」
「うん」ハルカは声だけ出す。
「どうだ、見つけたか?」キョウカが早口で聞く。
「うん、見つけた」ハルカはピースサインを作る。
「本当っ!?」コオリコの高い声が脳ミソに響いて弱った。「どこにいるのっ!?」
「保健室、」ハルカはアイナ胸から顔を出して答える。「ちょっと、薬が必要だわ」
「え、薬をもらいに行くの?」アイナは首を傾げる。
「両方、」ハルカは言う。「急ぐよ、サクラ・モノグラムが始まっちゃう、私、それを楽しみにしていたんだから、それを今、思い出したわ」
講堂のパーティにて演劇部の『サクラ・モノグラム』が始まるのは錦景女子の夜の八時。




