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六花錦景(We Need Medicine)  作者: 枕木悠
第三章 約束(Air Refrain)
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第三章⑫

 錦景女子北校舎一階に位置する保健室の前にミヤビとハルカとニシキとアイナとキョウカはやってきたけれど、中には入れなかった。

 理由は保健室の中から厭らしい高い声、というか紛れもなく喘ぎ声が聞こえたからだ。その声は二つ。女子の声が二つ。その一つはマミコトのものだった。

「なあ、なあ、これは、絶対、」キョウカは口元に手を当てニヤニヤしながら小声で言う。「やってるよな? そうだよな?」

「保健室でなんて、信じられない、」潔癖なニシキが僅かに頬を染め言った。「ありえない」

「美術室はいいんですか?」ミヤビは聞く。ミヤビはニシキに美術室でキスされたことがあるし、他にも美術室でいろいろと素敵なことをした思い出がある。

「もぉ、」ニシキは顔を紅くしてミヤビを睨んだ。「もぉ、ミャアちゃんってばぁ!」

「二人ともうるさい、」アイナが愉快そうな表情で人差し指を唇の前に立てる。「静かにしいやっ、気付かれたどうするの、……って、ハルちゃん?」

 長い髪をポニーテールに結んでいたハルカは保健室の扉に手を掛けていた。「ちょっと、様子を見てみる」

 ハルカは音を立てずに扉を少し開き、顔半分を中に入れて、保健室の様子を窺う。そしてハルカは慎重に扉を閉め、後ろの四人に向かって言う。凄く笑顔だった。「完全にやってる、どうしよう、事が済むまで中には入れそうにない」

「構わず入っちゃおうぜ、」キョウカはもうずっとニヤニヤしている。「入っちゃおうぜ、なぁ!」

「何、はしゃいでんすか」ミヤビは呆れて言う。

「キョウカさん、そんなの駄目ですよ、」アイナはそう言いながらもすっごく中に入りたそうだった。「絶対駄目ですからね」

「っていうか、ねぇ、」ニシキが発言する。「コオリコちゃんだけ中に入って本当に探している火の魔女の魂が中にいる人に憑いているのか確かめてみたら?」

『あっ』皆が視線を高いところを浮遊するコオリコに集めた。

「そ、そんな、いくら私が幽霊でも、その、」コオリコは両頬を両手で包み言う。「エッチなことをしている二人のことを覗くなんて、そんなこと恥ずかしくて出来ないよぉ」

 その折り。

「あれれ、恋の占い師ことアイナちゃんに図書室に住まう魔女のハルカちゃんに、それから中央生徒会の可愛い女の子たちともう一人、私のテリトリィの前で何をしているんですか?」

「あ、薬田先生、掘田先生も、」アイナが振り向き頭を下げる。「こんばんは」

 ミヤビも振り向き、後ろを見た。正門で受付をしていた二人の女子がいた。アイナが先生と言ったから、二人は錦景女子の先生なのだろう。こんな綺麗で若い先生は中央にはいないから、ミヤビは素直に羨ましいって思った。それからその二人の先生の後ろには背の高いスーツ姿の男性がいた。長髪で、黒縁眼鏡を掛けている。レンズの向こうの目は鋭かった。その男性は二人の後ろからこっちに進み出て「どうも」と会釈して、名刺をキョウカに差し出した。キョウカが一番大人の顔立ちをしているからだと思う。「私はユナイテッド・メディセンズのマネージャをしております、ファイ・コネクトの古田ミツオと申します」

「ああ、私は死神の四条キョウカだ、」キョウカは右手を差し出して言う。「もうこれっきりだと思うが、しばらくの時間よろしくな」

「え、死神?」古田は首を捻りながらキョウカと握手した。「あなたを触っても死にませんよね?」

「さあ、どうかな、分からないぞ、」キョウカは高い声で笑う。「あははっ」

「アイナちゃんってば、」薬田先生はアイナに言う。「また変な人連れてきてしまったんですかぁ?」

「にゃはっ、」アイナは笑って誤魔化す。「にゃははは」

「あなた寒くないの?」堀田先生はキョウカの薄着を心配していた。「外、雪降ってるけど」

「大丈夫だ、死神だからな、寒くない、」キョウカはまた高い声で笑う。「あはははっ」

「あなた面白い人ね」堀田先生はキョウカを気に入ったみたい。

 キョウカの後ろから四人は古田の名刺を覗き込んだ。女子高生にとって名刺を見る機会なんてないけれど、その名刺は本物っぽかった。古田はマミコトのことを探しに来たのだろうか。

「あの、実は、」古田は説明を始めた。じっと、ハルカのことを見ながら。「実は今夜、本来ならば新宿でユナイテッド・メディセンズはライブをする予定でした、結成記念日のバースデイ・ゲリラ・ライブです、どこにも告知していませんし、新宿でのライブは中止、ということになりました、中止になったのは、ユナイテッド・メディセンズの五人の内の二人がいないからです、武知セイコと岡本マミコトの二人です、二つの薬です、メンバの編嶋アサコの話では岡本マミコトは大事な人に会うために錦景市に出かけたと言っていました、そして岡本マミコトのことを追って武知セイコも錦景市に向かったと、二人は今夜のライブの時間までに帰ってきませんでした、残された僕たちは悩みました、このままライブを三人でやるべきか、でも三人でやるバースデイ・ゲリラ・ライブに意味はあるのかと二秒くらい悩みました、アサコは僕に錦景市でライブをしようと提案しました、それをテレビ中継しようと提案したのは僕です、十二チャンネルは僕の要求に二秒ほど悩んで承諾してくれました、それからヘリをチャータして、パイザ・インダストリィのヘリポートまで新宿から三十分、二人を探しに僕らはここに来ました、そしたらちょうど今夜は講堂でパーティをしているということでした、絶妙だと僕は思いました、このパーティにユナイテッド・メディセンズも参加させてもらおうと思いました、その模様を中継しようと思いました、校長先生と生徒会長さんは認可を下さいました、そうなるとあとは二人を見つけるだけです、二人はここにいるんですよね? エクセル・ガールズの二人から事情は全て聞いています、マミコトはあなたに会いにここまで来たんですよね、森村ハルカさん」

「はい、」ハルカは小さく頷いた。「マミコトは、いますよ」

「どこです?」

「保健室に、」ハルカはチラリと保健室の扉を見て言う。「いますよ」

 ミヤビは耳を澄ましていたけれど保健室から女子たちの声は消えていた。廊下の騒がしさに気付いたみたい。

「ありがとうございます」古田は作り笑顔で言って保健室の扉に手を掛ける。

「駄目です、」ハルカは素早く古田の手を掴み、魔女の目で睨んだ。「まだ、多分、駄目です」

「え?」古田はハルカを睨むように見る。

「でも、でも、でも、」ハルカは大きく息を吸って、大きな声で言う。きっと中のマミコトたちに聞こえるように。「あと一分したら、大丈夫ですよね!?」

「分かりました、」古田は素直に頷き、扉から手を離した。「よく分かりませんが、分かりました、一分待ちましょう、一分ですよ、中継の開始時間まで猶予がありませんので」

「ありがとうございます」

「それにしてもよく似ていますね」古田は唐突に言った。

「え?」

「マミコトに、十四番目のシングルのジャケットのマミコトにそっくりです、彼女はポニーテールでした」

「ああ、はい、」眼鏡を外して髪が長くなったハルカはマミコトとほとんど変わらない。「よく似ていると言われます」

「でも違う、君にはマミコトのチャームポイントである八重歯がない」

「はあ……、はい、」ハルカは古田の口調が突然変わったから戸惑っていた。「知っていましたよ、私には彼女の可愛い八重歯はない」

「なぜマミコトが君に会いに行こうと思ったか、分かるかい?」古田はスーツのポケットから煙草を取り出した。

「煙草は駄目ですよ」すかさず薬田先生が言う。

「ああ、失礼しました」古田は飛び出した煙草の先を指で押した。

「私はコハル、いや、マミコトのことを妹にしたいと思いました、」ハルカは淡々と答える。「マミコトは姉が欲しかったのでは?」

「そうかもしれないね」古田は口元だけで笑う。

「あなたが用意していた解答はなんですか?」ハルカはすかさず聞く。

「さあ、」古田は首を横に振った。「僕は彼女のマネージャだから、誤解を産むような発言はしないよ、」言って古田は自分の腕時計を見た。「秒針は盤を一周したね?」

「いや、二周はしましたね」ハルカは答え保健室の扉に手を掛けた。

 その時だった。

 バタバタと階段を勢いよく駆け下りてくる足音。

 その音に振り向けば、萱原トウカが全速力で階段を降りて来ていた。

「ど、退いて下さいっ!」

 トウカは叫び、保健室の扉を開けて中に入り、そしてそのまま真っ直ぐ走り、向こう側の扉を開けて雪の降る外へ出た。ハルカはポカンとした表情で彼女の走っていった方向を見ながら言う。「……恥ずかしがり屋になっちゃったトウカのこと、すっかり忘れてた」

『あっ』

 ハルカだけじゃなくて、ミヤビだって、きっとニシキだってアイナだって、マミコトのせいで恥ずかしがり屋になったトウカのことは忘れてしまっていた。それくらいマミコトの登場は衝撃的だったのだ。

「こらぁ、トウカっ!」少し遅れて錦景女子が叫びながら、こちらも全力疾走で姿を見せた。彼女の後ろにも数人、姿を現す。彼女たちは走り過ぎてへとへと、という感じだった。「ねぇ、トウカはどこに行ったっ!?」

 ハルカはトウカが逃げた方を指差し言った。「外に逃げた」

「待てぇ、トウカぁ!」威勢のいい女子を先頭に錦景女子たちは再び走り出し保健室を通り抜け暗闇に姿を消した。

 それは本当に一瞬の出来事だった。「……なんだ、あいつら、鬼ごっこでもしてんのか?」

「よく分からないけどきっと、」ハルカは微笑み舌を出して言う。「私たちのせいだってことは確かだね」

 扉が開いたままの保健室に入る。

 中ではユナイテッド・メディセンズのマミコトとセイコはテーブルに座り真面目な顔で水質検査をしていた。水質検査をしている振りをしていた。キットの使い方を二人は完全に間違っていた。検査をするのに必要な薬はテーブルの遠いところに転がっている。

 そして今気付いたみたいにセイコはオーバなリアクションを見せて言う。「わっ、なんですか、皆さん、ミツオさんまでぇ、一体全体、これまた、どうしたんですかぁ?」

 ハルカは彼女に火の魔女の魂が取り付いていると言っていたが、彼女の髪の毛は紅くなかった。普通の可愛いアイドルだった。

「お姉ちゃん、」マミコトがとことことハルカの前に移動して言う。「髪伸びた?」

「ああ、これはその、えっと、あれ、あれよ、えっと、えく、えく、」ハルカは自分のポニーテールを触りながら誤魔化す。「エクレア?」

「お姉ちゃん、」マミコトは冷たい目でハルカを見て言う。「超面白くないよ、それ、ちょっと許せないくらいだよ」

「ごめんなさい、」ハルカは謝る。「謝ったから許して」

「二人とも実は今からライブをすることになった、場所はこの学校の講堂だ、リョウコもアサコもテンマも来ている、とにかく時間がない、細かいことは後で話す、ほら、行くよ、急いで」

「ねぇ、どこにいるのっ、」コオリコの声が魔女の脳ミソに響く。「どこにもいないよっ!」

「え、いないのっ?」ミヤビはコオリコを見る。泣きそうな顔をしている。

「いない?」アイナは眉を潜めてその場で一回転して保健室の中を見回す。

「いないってどういうことよ?」ニシキはハルカを見る。「ハルカは見つけたのよね」

「え、私、ミスった?」ハルカは珍しく動揺している。

「確かに、」セイコの顔をキョウカは目を細めて見つめた。「彼女の中にはいないみたいだ、」言いながらキョウカはセイコの頭を両手で掴んで睨み怒鳴った。「いるのかっ!?」

「え、」古田はセイコのことを指差して言う。「ここにいるでしょ?」

 薬田先生と掘田先生は顔を見合わせて、同時に首を傾げた。

「な、何するんですかっ!?」セイコはキョウカの手から逃れようと肩を押す。「離して下さいよっ」

「どうやら本当にいないみたいだな」キョウカは呟く。

「とにかく、二人とも、もう中継まで時間がないんだよっ、」古田はマミコトとセイコの手を掴んで引っ張り、保健室を出た。「急ぐぞ、ああ、先生たちも協力をお願いします」

 薬田先生と堀田先生も保健室を出た。

 保健室にはトワイライト・ローラーズと死神が残った。

「ねぇ、アイナ、」ハルカは落ち込んでいた。羅針盤をミスって落ち込んでいるようだ。額を押さえて重たい息を吐く。「頭痛薬はどこ? 頭痛が痛いの」

「えーっと、確か、」アイナは壁際の戸棚を探す。「あれれ、どこいった? 救急箱がないなぁ」

「これのこと、」ニシキがテーブルの上の救急箱を発見する。「誰か、怪我したのかな、消毒液とガーゼとバンドエイドが散らばってるけど」

「可能性の一つとしてだが、」キョウカが顎に手を当て、推理のポーズで唐突に言った。「ハルカが見つけた魂は、もしかしたら」



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