外伝第3話 :氷の城壁と孤独な王女
外伝第3話「氷の城壁と孤独な王女」をお届けします!
英雄として華やかに凱旋したロイの裏側で、アストレア城がどのように静かな恐怖に蝕まれていったのか。城内の使用人たちの視点と、たった一人で異変に気づき孤立していくミリーの緊迫した日々の裏側を描きます。
それでは、外伝第3話のスタートです。
アストレア城の黄金の門が盛大に開き、凱旋のラッパが高らかに鳴り響いた日、王国中が歓喜の涙に包まれた。
「魔王を討伐し、世界を救った英雄、第一王子ロイ様のお還りだ!」
沿道を埋め尽くした民衆の声援は波のようにうねり、色とりどりの花びらが空を舞う。その華やかなパレードの最前列で、白銀の馬車に乗ったロイは、かつてと変わらぬ美しい金髪を風になびかせ、静かに微笑んでいた。
城のバルコニーからその姿を見下ろしていたミリーの胸にも、当時は溢れんばかりの誇りと喜びが満ちていた。
(おかえりなさい、ロイ……!)
しかし、その歓喜の熱狂は、城の扉が閉ざされた瞬間から、音を立てて冷たい氷の城壁へと変わっていった。
変化は、ほんの小さな違和感から始まった。
パレードの翌日、城の厨房で働く下働きの下女たちが、青い顔をしてヒソヒソと噂話を交わしているのをミリーは耳にした。
「ねえ、昨夜のこと聞いた……? ロイ様の寝室の前を通ったら、何だかものすごい冷気が漂っていて……」
「しっ、静かに! 近衛騎士のアンソニー様なんて、昨日の朝まであんなに優しかったのに、昨晩からまるで魂が抜けたみたいに笑わなくなったのよ。ロイ様の命令に、機械みたいに従うだけで……不気味だわ」
城内の空気が、目に見えない澱んだ霧のように重く冷たく沈んでいく。
かつては温かな笑顔と笑い声に満ちていた宮殿が、わずか数日のうちに、まるで生気を吸い取るような不気味な要塞へと変貌を遂げていた。
ミリーはその異変の正体を誰よりも早く察知していた。
胸元で密かに光る『真実の眼』のペンダントが、かつてないほどの冷たい痛みを伴って、常に肌をピリピリと刺激していたからだ。
(あの人の身体に巣食っているのは、もうロイじゃない……)
ある夜、ミリーは決意を胸に、静まり返った回廊を一人で歩いていた。
月の光が石造りの床を青白く照らす中、ふと、第一王子の執務室の前から微かな物音が聞こえてきた。
扉の隙間から漏れ出る光。そして、聞き覚えのあるはずの、けれどどこか底知れぬ冷気を纏った声。
「……ふん、下等な人間どもめ。この程度の洗脳すら自力で解けぬとは、実に滑稽だな」
ゾクリと背筋に悪寒が走った。
それはロイの声だった。しかし、その内側で響いているのは、かつての優しい恋人のものではなく、地底の底から這い出るような冷酷な悪魔の響き――エンペラー将軍のものだった。
(ロイ……あなたは今、あの怪物の中で、どんな苦しみの中にいるの……?)
扉の向こうにいるであろう彼の姿を想像し、ミリーは両手で自分の口を必死に押さえた。
声を漏らしてしまえば、一巻の終わりだ。将軍の魔力に気づかれれば、自分もその場で洗脳されるか、あるいは命を奪われるだろう。
逃げ場のない恐怖。味方のいない宮殿。
国王である父親さえも、いつの間にかその冷徹な魔力に精神を乗っ取り、人形のように操られている。城の中で、本当の意識を保っているのは、もはや自分一人だけではないかという絶望的な孤独感が、ミリーの小さな肩に重くのしかかった。
自分の部屋に戻ったミリーは、鍵を固く閉ざし、暗いベッドの上で膝を抱えた。
誰も頼れない。誰も信じられない。
明日になれば、あの冷徹な将軍がさらに牙を剥いて自分に迫ってくるかもしれない。
頬を伝い落ちる涙を、ミリーは静かに拭った。
(怖くない……私まで怯えていたら、ロイを救える人は誰もいなくなってしまうわ)
胸元のペンダントをぎゅっと握りしめ、彼女は暗闇の中で瞳を強く閉じた。
それは、誰も知らない城の片隅で、たった一人の王女が世界を敵に回して戦う決意を固めた、静かなる夜の物語だった。
外伝第3話「氷の城壁と孤独な王女」をお読みいただき、ありがとうございました!
ロイの凱旋の裏で、城内がどのように恐怖に支配され、ミリーがどれほど孤独な戦いを強いられていたのかを描きました。
次回、外伝第4話「精神の深淵で」では、再びロイの視点に戻り、意識の深層世界でエンペラー将軍と戦い続ける彼の孤独な心理描写に迫ります。
ぜひお楽しみに!




