『貴族』に振り回される彼ら
「私、レオがメリダの婚約者だったなんて今初めて知ったんだけど? なのに私とも婚約してたってこと? 事と次第によっては私許さないんだけど」
浮気男の分際でよくもメリダに触れられるなと息り立ち、席から立ち上がり掛けた時、待ったをかけたのはメリダだった。
「待ってティアラ! 私とレオの婚約は本決まりになる前に白紙になってるの。だからグリフィス伯爵はレオを貴女と婚約させることにしたのよ」
「……メリダを振ったくせに寄り戻そうとしてる浮気男がふらついてる訳ではないのね?」
「無い無い。それにレオにそんな器用な事が出来るわけ無いじゃない」
「それはそうね」
「……おい、二人とも酷い言い種だな。まぁ間違ってはいないが……」
はぁ、肩を落としたレオネルは、何かを言い淀むように視線を彷徨わせた後、観念した様にぽつぽつと口を開いた。
「……ここからは貴族的な話になるが、俺は元々はお前達どちらかの家に入婿として選ばれたらという思惑のもとで連れてこられていたんだ。俺は継ぐものの無い三男だからな、公爵家でも大商家でも、どちらかと縁付ければ伯爵家としては御の字といったところだったんだ」
「わぁ、物凄く打算的ね。でもそういうの嫌いじゃないわ」
「ティアラはそうだろうな。だが、父上の思惑以上に俺達は幼馴染として普通に仲良くなって、家族のように過ごして来たのを見て、父上は考えを少し改めたらしい。
家としての縁よりも、俺が気心の知れた二人のどちらかと幸せになれるのならばそれで良い、とな。それで婚約の打診をするならどちらに話を持っていけば良いかと聞かれて、俺はメリダが良いと言ったんだ」
そう言いながら、メリダを見つめ微笑むレオネルにメリダもはにかんだ笑みを返していて、内々と言いながらも二人は想いあっていたのだなと、今更ながらに気づいた私は相当鈍いにも程があるだろう。
お行儀が悪いのを承知で、私はテーブルに頬杖をつくとニマニマと頬を緩めた。
「へぇ? 私の知らないとこでラブラブだったんじゃない。でもそれがどうして私と婚約なんてトチ狂った事になるのよ」
そのままくっつけば良かったじゃない、と至極真っ当な言葉をかけると、二人は困ったように見つめ合い、私には解らない貴族の難しい部分を話してくれた。
「……昨年、公爵家に跡取りが産まれただろう。それで今までメリダに婿を取りメリダが女公爵となる予定だったのが、爵位を嫡男へ譲ることに決まってな。それ自体はよくある事なんだが、エヴリン様がメリダを他家へ嫁に出してはどうかと言い出してな」
「えっ、何それ酷くない?」
「貴族ではよくある事よ。貴女だって教養の授業で習ったでしょう? それに私達はもうすぐ十六歳になるわ。年明けのデビュタントを終えて数ヶ月もすれば、私とレオは王立学園に入学する事になる。そこで良い嫁ぎ先を探して、良い条件の殿方に嫁ぐのが貴族の娘の役目と言われてしまってはね……」
「俺はメリダが他家に嫁ぐ事になるなら、今俺と同じ年周りの貴族令嬢には婿入り先が無いからティアラの所に婿入りするのが最適だと言われてな。俺はティアラは男兄弟としか思えなくて無理だと言ったんだが、父上に俺の幸せのためと言われれば飲み込むしかなく……」
「ねぇ、男兄弟って何よ。何その渋々感」
ジトッと睨めつけてやれば、レオネルは慌てたように『すまない失言だった』と謝罪してきたけれど、失言って何よ失言って。
頬を膨らませ遺憾の意を示していると、メリダが表情を曇らせ唇を震わせた。
「……私が嫁ぐのは仕方ないって、思ったの。家の為と言われてしまえば、何も言えないわ。でもね、レオネルも他家に婿入りするなら我慢できたの、貴族に生まれたからにはお互いに仕方の無いことだわって。
でも、ティアラと婚約するって聞いて…… すごくモヤモヤしてしまったの。お母様の望んだ名も関心もティアラに取られたのに、その上レオまで取られてしまうの、って。
私、すごく嫌な子よね、ティアラは何も悪くないのに、勝手に卑屈になって、今日こんな事までしでかしてしまって、私、私っ……!」
「メリダだけが悪い訳じゃない。今日のことは中々言い出せないままだった俺が悪いんだ」
「それはそう。アンタは反省して」
レオネルは置いておくとして、彼に肩を抱かれながらぼろぼろと涙を零し、ごめんなさいと繰り返すメリダに、私の胸はきゅうっと軋むように痛くなった。
貴族令嬢として、感情を制御できなかったことは、貴族からすればメリダが悪いのだろう。でも、元々想い合っていてほぼ婚約者だった二人を引き裂いておいて、もう一人の幼馴染と婚約を結び直すなんて悪手にも程があるだろう。
こればかりはいくら三男可愛さといえどもグリフィス伯爵が下手を打ったなとしか思えない。
けれど、大元の元凶はどう考えてもエヴリン様だ。
きっとエヴリン様に悪気は無いのだろう。今でこそメリダを愛してらっしゃるけど、ティアラという娘を持つ想像や妄想までは咎められないと思っていたのだろうか。
何かにつけ存在しない理想のティアラと比較され、母親の関心は実の娘のメリダよりもティアラである私に強く向けられるとあれば、メリダの寂しさは如何ほどだっただろう。
その上嫡男は無条件に愛され笑みを向けられ、心を通わせた愛しい人とは結ばれず、その相手はティアラの名を持つ私の婿になるだなんて、感情が爆発したっておかしく無いし、私だったら大暴れしている所だ。
メリダはよく耐えたと思う。今まで何も知らなかった私が言えることでは無いけれど。
きっとメリダは今日このまま家に帰ってしまえば、早々に嫁ぎ先を決められてしまうだろう。そして嫁ぐまでの間、またエヴリン様からの表面的な愛と弟へ向けられる無償の愛の差に傷付き、気持ちを押し殺してしまうんだろう。
レオネルへの心を胸の底に仕舞って、決められた相手に嫁いで完璧な夫人として夫を立てて行くんだろう。
そんなの、私は絶対に嫌だ!
スカートの上でぎゅっと両の拳を握り締めると、私は目の前の不運な恋人達へ声をかけた。
「ねぇ、二人が貴族である事を捨てられるなら、私に一つ考えがあるんだけど」




