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三十年目のティアラ 〜公爵令嬢と半分ずつ育った私は、親友の涙の理由を知らなかった〜  作者: 伏町 よい


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全ての始まりはティアラの名

 

 温室内では小ぶりの薔薇が見頃を迎え、ふぅわりと甘い香りを放っていた。

 白いテーブルセットに誘われると、てきぱきと伯爵家のメイドがお茶の用意を整え、一礼して温室の入り口で待機すると告げ下がっていった。


 丸いテーブルに置かれたカップは三つ。いつも三人でお茶をする時は正三角形に置かれていたのに、今日は二等辺三角形だわ、なんて詮無い事が頭に浮かんでふるふると首を振った。

 そういう所がダメなのよ、私。

 席に着いても小さくしゃくりあげ、レオネルに背を撫でられているメリダを見つめると、私はもう一度メリダに訊ねた。


「ねぇ、メリダ。さっきも言ったけど、私は何も怒ってないの。レオとメリダが一緒になるなら、それはそれで私は嬉しいもの。

 でもね、レオまで取らないでってどういう事? 私メリダに何かした? それが解らないままは嫌なのよ」

 

 私の言葉に、肩を震わせたメリダはおずおずとレオネルを見上げ、視線を交わすと、大丈夫だと言うレオネルの言葉に小さく頷き、私へと向き直った。


「……、あの、ね。私、ティアラの事は本当に大好きなの。姉妹みたいに育ったんだもの、大切な家族だとも思っているわ」

「うん、私も。メリダは大切な家族で、何があっても親友だと思ってるよ」


 努めて柔らかい口調で、安心させるように微笑む。

 私の言葉と態度で、少し心が解けたのだろうか、またメリダの空色の瞳がくしゃっと歪んだ。


「うん、うんっ! 私もよ! ……でもね、時々すごく辛くなるの。私はティアラじゃないから、私はティアラになれなかったから……」


 そう言って、また俯きポロポロと涙を零すメリダに、私は困惑でいっぱいだった。


「……え? え、と、私じゃないからってどういう事? メリダはメリダでとっても素敵なご令嬢だと思うけど…… 私みたいになりたかったって事?」


 どうしよう、本気で解らない。

 平民のくせにメリダと一緒に公爵家のマナーや作法を勉強してきたから、気を付ければ伯爵令嬢くらいの振る舞いはできるけれど、数字と帳簿と黒字決済が大好きな私みたいになりたいなんてことあるんだろうか。


「れ、レオ〜! アンタならメリダの言いたいことわかるでしょ?」

 

 神妙な顔で背を撫で続けるレオネルに縋るような視線を向ければ、レオネルは眉間に軽く皺を寄せた、真面目くさった顔を私に向けた。

 あ、これは駄目なやつだ。


「メリダはティアラじゃないから辛いと言っている」

「だから、なんでそうなるのって聞いてんのよ! 真面目馬鹿!」


 婚約披露パーティーだからと、折角母様が綺麗に整えてくれた髪を掻き毟りたくなる衝動を抑えて、私は頭を抱えてテーブルに突っ伏した。

 だからどうしてメリダが私になりたいなんてことになるのかが解らないのよ……!


 突っ伏したまま低く唸り続ける私に、まずいと思ったのかレオネルが慌てたように言葉を続けた。


「あ、と、え、っと…… 俺も上手く言えないのだが、そもそもの始まり、お前達が共に過ごすようになった理由は知っているよな?」

「……えぇ。ティアラの名を賜りたかったエヴリン様がお心を壊してしまって、エヴリン様とメリダをお助けする為に公爵家とうちの家で交互に子育てするようになったのよね?」

「そうだ。初めは周りから色々言われたようだが、それでもエヴリン様も回復され、お前達二人も仲良く元気に育つのを見て今では良き判断だったと見做されている。……表面上はな」

「……どういう事?」


 声を落とすように呟かれた言葉に、私の眉間にも皺が寄る。


「……表面上って、エヴリン様はご回復なされたのよね?」

「あぁ。だが人の心とはそんなに簡単なものでは無いのだ。……エヴリン様は未だにティアラの名に拘られているようでな」


 レオネルのその言葉に、ふと先程思い出した情景が蘇った。私が見て見ぬふりを、解らないからと素通りしてしまった情景。

 どくどくと心臓が嫌な音を立てた。


「……で、でも、エヴリン様はメリダを大切になさってるわ。慈しんでいるのはわかるもの」


 そうよね? と少し落ち着いたように見えるメリダに問いかければ、メリダは白いハンカチで目元を拭うと、何処か諦めの見える眼差しで私を見つめた。


「……えぇ、お母様もお父様も私を愛してくださっているわ。その愛を疑ったことはないの。……でも、ふとした時に、きっとお母様も無意識なのでしょうね。私を見て、ティアラだったら、と呟かれるのよ」

「そんな……」

「私がティアラになれなかったというのは、貴女になれなかったと言う意味ではないの。“ティアラ”と言う名の娘になれなかった、ということなの」

「っ!?」


 ばくんばくんと、耳元で心臓の音が聞こえる気がする。

 私が、私がティアラだったから、メリダは今苦しんでいるの……?


「もちろん、貴女のせいじゃない。名は公正に神籤で引かれ与えられるものよ。私は貴女がティアラで良かったと思っているし、私と出会って私の親友で、家族のようで居てくれて本当に幸せだと思っているの」


 逆に私を安心させるように微笑むメリダに、ほっとすると同時に申し訳なさがこみ上げる。

 私が宥めて話を聞くはずだったのに、メリダはやっぱり人の心を落ち着けたり慮るのが上手だ。

 小さく頷いた私に、ふぅ、と微かに溜息を漏らしたメリダは、胸元で白い指先をきゅっと握り締めて言葉を続けた。


「……お母様は、オズモンド家と共に貴女、ティアラの名を持つ娘と関わる事で擬似的に”ティアラという娘の母親“になれたことで心を落ち着けられたのよ。拘りを捨てた訳では無いの。それを理解してしまったのは、去年弟が産まれた時のことだったわ」

「エイリーク様ね」


 目元をふっと細めたメリダは、すっかり冷めてしまったカップをそっと持ち上げると静かに喉を潤した。


「……そう、エイリークは待望の嫡男で、賜った名は特に強い逸話を持つような名では無かった。初めは漸く跡取りとなる男児が産まれたからだと思っていたの。でも、お母様が一人でエイリークをあやしている所を偶然見てしまったのよ……


『エイリーク。愛おしい子。貴方は良き名を授かりましたね』


 って、心の底から愛おしそうな顔をしてエイリークを抱いていたの。私はそんな笑顔、向けられたことが無かったのに…… その時にはっきり理解したのよ、私はずっとお母様に愛されてはいても認められては居なかったのね、と。お母様は私を通して、私の向こうに理想の娘ティアラを見ていたのよ」

「そんな……!」


 あまりの事に絶句し二の句が継げない私を、悲しそうに微笑むメリダが見つめる。戸惑う私の視界に、レオネルの姿を捉えると、私はほぼ無意識にレオネルに問うていた。


「レオは、知っていたの?」

「あぁ、知っていた。エヴリン様とメリダの不自然さは見ていれば分かるだろう」

「わ、わかんないよ! 言ってよ! そしたら私だって……!」

「言ったところでどうなる。ティアラの名を持つお前にエヴリン様は優しかっただろう? お前と共に居るときは、エヴリン様は優しく穏やかな母親にしか見えない。メリダとの不自然さを言ったところでお前はきっとこう言っただろう。貴族の母娘関係って難しいのね、と」


 レオネルの言葉は的確だった。きっと私は同じ事を言っただろう。平民には貴族の母娘のあり方はよくわからないと、平民とは違うのね、と深く考えることはきっと無かった。

 思ってもなかった正論でぐさりと痛い所を突かれた私は、涙目で黙り込む事しかできなかった。


「う、うぅ〜〜」

「っ、あぁ、すまない、言い過ぎた。くそ、俺はいつも上手く言えない。それに俺だって初めから知っていたわけじゃないぞ?」


 そう言うと、レオネルは冷めたカップのお茶を煽って咳払いをすると、真面目くさった顔をして私に向き直った。


「俺が内々にメリダの婚約者とされた時からよく見るようになって気付いたんだ」

「ちょっと待って」


 やっぱりこの男が真面目な顔をするとろくな事を言わないらしい。


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