第2話 異世界からの常識非常識
正光光正
会社では「まさみつさん」と呼ばれることが多く、友人や同期からは「ミツマサ」「みつまさくん」と呼ばれることが多く。
初めて遭遇する人は「この人みんなから複数の名前で呼ばれてる?」と勘違いされることが多いのだが。
新入社員が毎年「あの人は名前どっちなのですか?」と聞かれたりするくらい、インパクトだけは十分な名前を持っていた。
もはや親が冗談でつけたとしか思えない。
正光という性は先祖が広島ではあるが祖父の代から九州にいるのでほぼ九州男児。
35歳独身。
食肉製加工造会社に勤めているため、毎日会社と家の往復しかしてない。
工場勤務だと、結婚は早いか遅いか、結婚できないか、の3択。
20代後半から40代までのちょうどいい年齢で結婚している男はほぼいないので、35歳になったらもうあとは50歳くらいで若い女の子ひっかけるしかないような状況になっている。
実際、自分の上司も50過ぎてから30代の若い未亡人捕まえて結婚してたしなー
と自分の結婚についてはもう諦めて考えないようにして、趣味にお金を注ぐことに決めていた。
見た目は清潔感のある地味な男性という感じなので、草食系ブームの今、全く女性にモテないわけではないのだが、同じ職場とかだと色々噂になるし。
工場勤務の元お嬢様方の噂話の伝達速度は音速より速い。
あまり噂に詳しくない光正ですら、会社の別部署の誰それが付き合ってるとか不倫してると言う情報が耳に届くくらいなのだから。
そんな晒し者になるのは恐ろしい。そもそも会社の現場では既婚者のパートの元お姉さんがたがほとんどで、若い高卒の女子は入った瞬間に同世代の陽キャ男子が手を出してしまうか、父性の魅力で50歳以上のおっさんが虜にさせて寿退社していくかのどっちか。
一応昔は彼女がいた時期もあったが、会社以外で人と会うことも少ないので出会いもない。
そして、今は一軒家を一人で占有しているのだ。
元々実家、両親の家だったのだが、兄が家を建てて結婚して子供が生まれた時に
両親は兄の家に同居し孫の成長を支援するようになってしまい、実家が空き家になったので自分が住むようになったというもの。
おかげで職場に通うのに車で40分ほどと離れてしまったが、家賃はかからない。
子供部屋おじさんではないが実家住まいおじさんではある。
そんなある日、庭先にまだ成猫とは呼べないような、幼い顔立ちの子猫が倒れているのを見つける。
細長い感じの、最初はイタチかと思ったがどうやら痩せた猫らしい。
だいぶ弱っていたので、家の中に連れて行き暖かくしてあげる。
弱った小動物の対処は、鳥でも子猫でも温めるのが第一なのだ。
そして、職場から安く買ってきていた鶏肉を煮込んで柔らかくし、細かくすりつぶして舐めて食べられるようにして与えてみたところ翌日には元気になって。
元気になったら出ていくかな、と思っていたのだがそのまま家に居着くようになったのでそのまま面倒を見ることにしたのだ。
一人暮らしなのも味気ないと思っていたところだったので、ちょうどいいと。
しかし、三十超えた独身の男、女が猫を飼い始めると婚期は遠のくとも言うしなぁと思ったりしたが、猫の可愛さには勝てなかった。
それがネコマサとの出会いである。
それから1年以上の時がって今に至る。
台所で光正は肉を焼いて晩飯を作っていた。
一人暮らしで料理は暇つぶしにやっていたら、そこそこ上達してしまい肉料理などには特にこだわりを持っていた。
職場が食肉加工所なので、豚肉、牛肉、鶏肉、たまに鹿や猪などが流れてくるのでその端をもらって帰ってくることもあれば、商品を社員割引で安く買ってくることもある。
常に安い肉が家にあるため、肉をいかに美味しく食べるかについて研究が捗ったというわけだ。
今日もネコマサ用の、塩気を抜いた味付けの煮込んだ鶏肉と焼いた牛肉。
そして自分用のガーリックステーキと白飯を用意し居間へと食事を並べる。
さっきゲームしていた部屋はネコマサ専用の部屋なので食事は別室で行うのが基本。
居間のちゃぶ台に料理を並べてからネコマサを呼ぶ。
そして一緒に食事をするのだが、ネコマサはテーブルの上に登った状態で食べるのでテーブルクロスのようなものを敷いてそこで食べるように促していた。
トイレ行ったりした足で上がってくるのだから、ちょっとなぁ、とは以前から思っているのだが。
「ネコマサさんや」
「なんだい?」
肉をもぐもぐと食べながらの答えなのに、アプリはきちんと翻訳するのでちょっと感心してしまったが、光正は
「なんでテーブルの上でいつもご飯食べるのかね?」
「君が座った床の上で食事させられるのは、まるで奴隷の扱いではないか。私は君と同等なのだから」
「なんだ、ネコマサのいた世界には奴隷がいたのか」
「戦争で負けた捕虜が大体そうなっていた、労働力を安価に手に入れるにはそれが最も手早いのだ。この世界のようにエンジンとかモーターとかそういうものが発達してないからな」
「でも魔法はあるんだろ?それでもの浮かせたり動かせばいいじゃん」
「私が魔法を使って理力や蝕の研究をしてる間に、奴隷に働かせていたらその分私が世の中に役にたつ仕事ができるだろう。いちいち自分が全てに対応するのが面倒だから奴隷を買うのだ」
「奴隷はムチでしばかれたり罰を与えられたりして、横暴な主人から脱走したりとかしないのかね?」
「奴隷と言っても光正みたいなサラリーマンというのか、それと同じ仕組みだ。規律があり、法律があル。横暴な主人はいるかもしれないが私はそんな酷いことはしてないぞ。ただ購入時に決められた専用の仕事をしてもらい、給金を払う。
戦争捕虜が奴隷として働いて資金を得て、そして解放された時にその貯めた給金を持って自国に戻り生活を再建させていく、そのようなことが一般的なのだよ。だから私から見ると君らの方が解放されない奴隷と同じ扱いに見えて不憫に思えるが」
「まぁ社畜って言い方はあるけどね。60歳とか70歳とか、年齢が一定になると退職金が出て退職して第二の人生を歩む、みたいにはなるけどまだ先は長いがね」
「じじぃになって社会に放出されてしまうとか、非道であるな」
「そっちの世界の平均寿命は知らんが、こっちは80歳くらいまで普通に生きるから老後もエンジョイできるんだよ」
「なるほど、我らの平均は50歳くらいだったからな。考え方が異なるわけか」
「ネコマサみたいにゲーム販売で売り上げガンガン上げられるなら、俺も独立して社畜から抜け出したいとこだが」
「ふむ、現状でもこれくらいは売れているし利益も出ている、独立はできるのではないか?」
とスマホの画面が切り替わりネコマサの作ったゲームの売り上げが表示された。これらは首のスマート首輪がネコの唸り声の音声を拾ってスマホに指令を出すようになっていて、遠隔で光正のスマホを自由に扱うことができるようになっていた。
このプログラムもネコマサが作っている。
今はネコマサ部屋には高性能ゲーミングPCが2台、各種新型ゲームが据え置き機に携帯機と複数。ゲーム作成用のハイエンドデスクトップPCが4台、3Dプリンタ2台、個人サーバーに60インチモニターが3台、そして猫の手でも入力できる物理キーボードにスマート首輪連動の仮想キーボード。
部屋専用の高性能エアコンに、防音室の工事まで行っている。
1階のもと両親の部屋だったところだが、北向きで直射日光が差し込まないなどの理由でネコマサがそこに陣取ったのだった。
ついでに、謎の魔法陣が壁と天井と床に書かれているが、これはネコマサの世界のなんかすごいやつらしい。
これのおかげでWi-Fiが安定し、パソコンは熱暴走しないのだとか。
その技術をデータセンターなどに売ったらボロ儲けできるじゃないか、と思ったがネコマサがいないと使えないということで。
その合計金額で田舎ならもう一軒家が買えるのでは?というくらいその部屋の維持管理にもお金が注ぎ込まれていた。
初期投資の時点で、光正が新車を買おうとしてた貯金が全てなくなったくらいなのだ。
今はこの設備を刷新したり新たに購入したりするのも全て、ネコマサが自分で稼いだお金から捻出している。自分で稼ぐようになってからは光正はネコマサの部屋の掃除、機械類のメンテナンス、あとはご飯を用意したり、ゲームの試験をしたりしてる。
1年でここまで至ったのはそれだけネコマサが元いた世界を救うために全力を尽くしてたのもあるのだが、光正がゲーム制作の知識などないにも関わらず協力してくれたことが一番である。
いまだに、ネコマサが何をしているのかよくわかってないのだが、光正はその言葉を信用して色々と協力していたりする。
ネコマサが表示した画面には、今年に入ってからの収入が1千万ほどに表示されている。今日は3月3日なのだ。
ほぼ2ヶ月で俺の一年の収入の倍以上かよ。
ちょっと独立に心が動く
「俺、パソコンとか全くよくわからんのだよな。なんで異世界のお前の方がプログラムとかも詳しいんだよ。しかも猫のくせに面白いゲーム作るし」
卓上のステーキを口に放り込みながら光正が言うと、
「賢者だったからな、魔法の術式の構築とこちらのプログラムと言われるものは似ていて。仕組みさえ理解すれば簡単なものだ」
猫に簡単と言われても。
「俺にはさっぱりだ」
「君には期待してない、私に美味い肉を食わせてくれるのと、環境を用意してくれるだけで十分」
ネコように塩分控えめがいいのかと相談したこともあるが、塩分などは体内の理力で分解できるので人間と同じものを食わせろと言われているのだが。
一応、光正は塩分控えめでネコマサ用のご飯は用意している。
その味付けでも、賢者の元いた世界の飯に比べると十分美味いらしいので。
「しかし税金とか来年めちゃくちゃになりそうだな、その辺についても考えないとな」
「社畜、奴隷的な身分からもこの世界は税を取るのか?」
「社畜は奴隷じゃない。一応自由民レベルだがな。
所得税、全国民、自分で稼いだ比率に応じてこんくらい取られる」
と言って、光正はネットで拾ってきた「売り上げ」と経費を引いた所得と、それにかかかる税率についてスマホで示しながら教えると
「なんだそれは、なんたる重税。この国は自分の才能で稼いだものに重税を課すのか?酷い支配者が上におるのだな」
「いや、これは富の再分配で、税金で巻き上げたものを国家の維持のためとか、国が貧困層を世話してあげるんだよ。支配階層が贅沢するために使ってるわけではないぞ」
政府の税金の活用のページを開いてみせる。
「ふむ、皇帝が贅沢するわけではないのか、それに貧困層をわざわざ助けるのか。面白い税制だな。貧困層など奴隷にしてしまう方が効率がいいだろうに」
さらっと異世界常識を言って、税金に関するページをじっくりとみ始める。
なんでも興味を持つとすぐ知識を集めようとするのが、さすが賢者様だと光正は思っていた。
「ふむ、大体わかったが。
これは、私がここで稼ぎまくって放っておいたら脱税という罪を被せられて、光正は警察というところに拘束されてしまうのではないか?」
「そうなんだよ。だから税金払わないといけないんだよ、その計算を俺がしないといけないのか、というのが頭痛の種だよ」
「税理士というものを雇えば良いだろう」
「なんで猫が税理士知ってんの」
「ほれ、ここに「税金で困ったら税理士事務所にご相談」ってポップアップで出てくるぞ」
「それ肉球で押すなよ。そういうところは怪しいとこが多い。まあ税理士については会社でちょっと聞いてみとく。俺もよくわからんから」
「ふむ、では私はまたさっきのゲームの内容をブラッシュアップしてくるから、夜食だけまた用意しておいてくれ」
と言って、さっさと飯を食ったネコマサはちゃぶ台を飛び降りて自分の部屋へと移動していく。
部屋はネコセンサーをつけてあるので猫が近づくと自動的に猫の出入り口サイズの扉が開くのだが、人間が中に入るにはネコマサの許可がいる。
ネコマサが部屋に入ったすぐ後に、光正が声をかけてきた
「おい、ネコマサやちょっと開けてくれ」
スマート首輪から指示を出し扉のロックを外す。
その音を聞いてから、光正がお盆をもって入ってきた。
「今日はひな祭りで、女の子のお祭りなんだよ」
と言いながら紙でできた人形と、ケーキを見せてくる
「ネコマサも一応メスだしさ、これペットショップで売ってたから買ってきてやったよ」
「一応とは失礼な。東の国には美しき若き賢者がいると言われるくらいの美女に対してメスとは」
「まぁ今の姿も綺麗だからいいじゃないか」
「猫にしては、であろうに」
そして目の前に差し出されてきたのはネコ用のお雛様ケーキというものだ。
以前は猫ごときにケーキなど贅沢な、と思っていたのだが、自分が猫を飼い始めると猫のために貢ぐことがある種楽しみになっていたりする。
気付かないうちに、猫の奴隷になっていることはよくあることなのだ。
ネコマサは作業中のテーブルから飛び降りてきて、ソファへと座りケーキを手前のテーブルに置くように指示する。
「ひな祭りとな?それはどういう祭りなのだ?」
光正はまた簡単にわかるネット記事を見せると興味深そうにまたネコマサは真剣に読み始める。
「まぁ女児の祭りだからさ、これ食べるかなと思って買ってきたけど食べられるかい?」
「食べるに決まっている」
と言って、ネコマサはかぶりついてクリームまみれになりながらケーキを食していく。
それを楽しそうに光正は眺めていた。
何はともあれ、税金の心配はあれどネコマサとの生活には十分満足しているのだ。




