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<序章>異世界の賢者、現代のネコに転生したわけ

見上げると空は鈍い灰色の雲に覆われ、かつては天蓋を覆うほどであった巨大な樹木の影があった。

しかし、今やそれは天を支えるほどの力強さはなく、広げた両手が崩れ落ちた巨人が項垂れた影のような姿をしている。その枝葉は全て燃え尽き灰となって大地へと降りそそぎ、焼かれ、炎が燻っている。

それはかつて賑わいを見せた街の建物なのか、もしくは人や獣の亡骸か。

焼けた有機物と、無機物がそこにあるだけで生命の気配はほとんどない。


荒涼とした大地の丘の上、そこにはかつて巨大な砦があった。

丘の下には街が広がり人々の賑わいがあったが、今はその気配もなく全ては焼けた瓦礫の山となっている。

その中のひときわ巨大な瓦礫の上に一人の戦士がゆっくりと立ち上がる。


重厚な金属で作られた盾と、分厚いロングソードを手に。

全身を覆う鎧は鈍い緑青で覆われているが、これは魔法金属特有の色合いで錆びているわけではない。

自分の理力を通すことで、鎧はこの世の物質の中で最も硬いものへと変質する。

剣を構え、それを空にかざすと聖なる光が集まり戦士は武器に攻撃力と鋭利さを付与する。

その力はこの土地を守れるようにと、神々が戦士に与えてくれたものだ。

盾を前にし剣を構える。


戦士の前には忌人(いみびと)が立っていた。

忌人とは、その世界に降り立った殺戮者。

天蓋を覆うような巨木、この世界に恵みをもたらしてきた世界樹を燃やしたのもそいつなのだ。

いくつもの国を滅ぼし、王を倒し、死屍累々の道を作り上げていく。

防具は鏡をいくつもつなげたような奇怪な兜に粗末な綿の衣類。

防御力はほぼ無い。

そこにショートソードにパリングダガーを手にしている姿は、青銅色の鎧をまとった戦士に比べるとあまりにも貧弱で滑稽ですらある。


戦士はその忌人の姿にまどわされることなく、全力を持って分厚いロングソードを振り下ろした。

ショートソードではとても受けられる力ではない。


忌人は素早くステップで避け間髪入れずショートソードを突き出してくる。

それを盾でガードし、同時にロングソードを横に薙ぐ。

確実に切先は忌人を捉えた。


が、甲高い音がして剣が弾かれた

忌人がパリングダガーをふるったのだ。


戦士の体勢が崩され一瞬のけぞる。

その瞬間、忌人はショートソードから腰に挿していた鎧通しへと素早く持ち替え、戦士の鎧の隙間に捩じ込んだ。


それは心臓を貫き、そして戦士は力なく倒れる。

忌人は奇怪なジャンプを繰り返し、現れてきたセーブスポットへと手を触れた。



・・・


目の前には60インチの液晶モニター、裏側には無駄にキラキラ輝くゲーミングPCが冷却ファンのうなりを上げている。


光正は手に持っていたコントローラを机の上に置く。


「いやぁこれ、パリィ決まると面白いけど、難しいな。レベル上げても何十回も死んだぞ」


正光光正マサミツ ミツマサ35歳、中肉中背の日本人男性。

苗字が名前っぽいので初めて会う人から「どちらが名前ですか?」と聞かれることが多く、そして印象に残るためすぐみんなが覚えてくれることはありがたいと思っている独身サラリーマンである。親の名付けについては幼少期から「センスねーな」と思っていた。


「ミツマサが下手なだけ、他のプレイヤーは10分くらいでこいつ倒してる」


横に置いてあるスマホから声が聞こえてきた。

画面には「ネコマサ」と名前が出て通話アプリBluetoothでの接続先から声は伝わってきている。


そのスマホではなく隣のソファに座っている猫に光正は喋りかける。

ノルウェージャンフォレストキャットのような淡い黄土色の毛と腹側の白い毛が美しいコントラストをもたらしている上品な見た目の雑種の猫。

日の当たり具合では黄金色に輝くように見える、と光正は思っている。

去年拾われてから、光正の家で暮らしている猫で、今年で2歳くらいになるだろうか。首元にはスマート首輪なるものがつけられていて、スマホアプリと連携するようになっている。

そして、ネコマサとはこの猫の名前である。


「こんな難易度高いと、ゲーマーも離れていかないかな?」


光正の言葉に反応し、ネコマサが少し喉奥で唸ると、スマホから声が聞こえてくる


「心配ない、ゲーム廃人は世界中にいる、そこに刺さるように作ればいい」


「ゲーム廃人か、でも一般人がたくさん買ってくれた方が儲かるだろう」


ネコマサは顔を手でなでなでしながら


「一般ユーザーでは技術が足りない、ゲーム廃人たちが、彼らに私の国を助けてくれる素養があるのだから、彼らにウケが良くないといけない」


ネコマサは軽く唸ってから胸を逸らしあくびをする。


「いい加減、お前の下手くそゲームに付き合ってたせいで腹が減った。飯を要求する」


スマホから聞こえてきたネコマサの声に、光正は


「お前が、さっき俺が家に帰るなり昨日の続きをやれと言ったんじゃないか」


「私の手ではコントローラが握れないからな、どうしてもお前の手伝いが必要なのだ」


ネコマサの声がスマホから聞こえると同時に、にぎにぎと正光の膝に手を伸ばしてくる。


「イタタ、爪が刺さるが。ちょっと待て」


そう言って、光正はキッチンへと向かう。

ネコマサは画面を見ながら、何か考えるようにしていたが。


「理力の消費と関連してスタミナ消費を設定したが、パリィのタイミングはもう少し長くしたほうが実際の私の騎士達の動きに合わせられるか?

もっとシンクロさせないとダメだな」


スマホからそんな声が漏れてくる。

そう、ネコマサはスマート首輪を通じて、光正と会話をしていたのだ。

「猫と喋れる道具」とかが少し前に流行っていたが、その中身を改良し自分の声帯の振動を首輪で読み取らせ、それをアプリで変換させ言葉に乗せて会話する。

スマート首輪にそんな改良を加えたのも本人だったりする。


見た目は猫、中身は異世界の賢者である。

だが、今はインディーゲームの影の開発者となって製品をいくつかと今でも新しいゲーム制作に勤しんでいたりするのだ。

理由は「自分のいた世界を救うため」

ここに至るまでに、ネコマサにも色々な経緯があったのだった。



・・・



ネコマサは異世界で賢者をしていた。

その時の名前はネコマサではない。

ジャルフ=ナーム=ガッハッスナ


魔導士を代々生み出してきたナーム家の三女で、成人してからはジャルフ家へと養子に入ったので苗字が二つ連続している。

名前は土地の神の名を使わせてもらうしきたりがあるため、ナーム家にはガッハッスナという名前は代々五人くらいいたりするのだ。身内同士、親しいもの同士だと愛称の「ガーナ」と呼ばれることが多い。

ガッハッスナ、この名は湖に住む守神、巨大なザリガニの姿をしていると伝えられている存在で、伝説では天翔る龍をも倒すほど。


若干15歳で成人し才能が開花してから19歳で最年少の賢者になって以来、10年以上国を、世界を守るために全力を尽くしていた。

いくつもの国々と同盟を結び、あるいは敵対する国を取り込みながら。


その世界は「しょく」により徐々に侵略されていたのだ。

蝕はさまざまな姿を持って現れてくる。魔獣のような姿であったり、死者の肉体を使って現れてきたり。

世界は蝕により大地が削られて飲み込まれていく。

蝕を抑えるには、世界が一つになりそれに対抗する力を示さないといけない。

蝕は人の希望を食う存在であり、土地や生物の「世界に存在する可能性」を取り消していく。蝕に触れると、この世界から消えてしまうのだ。

それらから人々を、世界を守るには、存在の可能性を上書きするもの、希望を生み出し続けるものが必要になった。

希望を生み出し続けるもの達、いわゆる勇者達が国々から選ばれ生み出され、そして世界中の賢者達は「許可を上書き」する役割を持って共に蝕の影響を跳ね除けていくようになる。


勇者が立ち上がったとき、蝕は確かに力を一時的に弱めた。人々が希望に縋り、強く願ったからだ。

しかし、勇者も人である。仲間の死、大切な人たちの死を背負いながら常に希望を与えることは難しい。

戦闘が激しくなるに従い勇者の中には絶望に囚われるものも出てきた。

そして、一部の勇者が蝕に倒されてからは人の心は一気に乱れていった。


希望が消え続け、そして可能性を上書きする賢者達も蝕により命を失っていく。


賢者 ジャルフ=ナーム=ガッハッスナは自分が最後の賢者となったことを知り、最後の勇者と共に最後の抵抗に出ることにした。


勇者の名はナーム=シュエザック、実の弟である。

シュエザックは湖に住むオオウナギの名前で、ザリガニであるガッハッスナより強いと言われている伝説の生き物、神の名だ。


湖最強の神の名をいただいた勇者。

そして、したがってくれる生き残りの戦士達と魔術師達。


しかし一人の賢者、一人の勇者が抵抗したところで時間稼ぎにもならなかった。


世界はもうじき終わる。

最後の戦いの前に勇者は、賢者に

「私が時間を稼ぐ間に、ガーナ姉様は転生の術を用いてこの世界から飛んでください」

と、賢者は最後まで勇者と、弟と戦うことを願ったのだが勇者である弟は姉を諭すように

「この世界を助けるためには、姉様の力が必要なのです。異世界に一度転生し、そこからまた再起をしていただきたい、酷な願いかもしれませんが、この世界を救うわずかな可能性をあなたに託したいのです」

そう言って賢者の両手を震える手で握りしめる。

自分の勇者としての不甲斐なさ、姉を救いたい気持ち、姉に過酷な願いを託す申し訳なさ。

さまざまな感情が混じり、声が震える。


それを聞き、賢者は決意を固めた。



賢者たちは以前から異世界の存在は知っていた。

文献にもあるし、高位なる知恵の術を使うことで、世界はブドウの房のようにいくつも同じ樹木に実っているような状態と認識でき、ゲートを開ければそこを通って別の世界を見ることができるということは昔から知られていたのだが、その異世界の知識は今の世界で使うには異質すぎて応用ができなかったのだった。

これまでの賢者達も異世界を覗き見ることは行っていた。それに非公式ながら転生をした賢者もいたという話はある。


これまでの賢者は軒並み他の異世界の情報を取り込むのは否定的であったが、この賢者ガッハッスナは以前から異世界の情報をうまく活用していた。

蝕により滅びが見えている世界を救うには、なりふり構っていられないというところもあるが、単純に好奇心が優ったとも言う。


高位なる知恵の術を用い、異世界の知識を、情報をこちらへと持ち帰ってくる。

異世界を観察するときは、その異世界の過去にも未来にも自由に時間を移動できる。小説の本を自由にページをめくって読むことができる状態。異世界は一冊の本のように見ることができると感じていたのだ。

賢者はいくつかの異世界を観測し、技術の進歩の違いや人類の思考の違いなどを観測し続け、その上で柔軟な発想で自分の国で可能な技術を探し応用していたのだ。

蝕に対抗するためには、異世界の知識も必要かもしれない、とそのための研究だったのだが、

好奇心も強く、知的欲求が高く、そして試行錯誤を厭わない性格だったのと。

優秀な門下生、部下、そして協力してくれる仲間がいてくれたため、賢者の知識が一般的な技術へとなっていく。



光の粒子で剣を作り戦うこと、理力を用いて空を飛ぶこと、理力のない一般の兵士でも使える強力な銃火器、火薬を生み出し蝕が生み出した侵食獣に対抗すること、そして人々を救うための医療などあらゆる知識を異世界から取り入れていった。

世界を侵食している「蝕」に勝つために、フォース、気、領域展開、魔術、魔法、科学、様々な知識を用いて実行してみたがどれも決定打にはならなかった。


次第に蝕に侵食されていく世界。

この世界からいっそ異世界に住人を移動させればいいのでは?

と思いそちらも検討してみたのだが、肉体を移動させるにはその世界そのもののことわりを壊すことになりかねないので難しく、力が、理力が足りない。

しかし、魂、情報だけに絞ってしまうなら。

と考え、賢者は自分たちの理力でも可能かどうかを検討し始める。

さらにそれを圧縮することでゲートを通すことが可能となる技術を見つけた。

それらはすでに論文として発表されているが、蝕への対応で時間が取れず、これまで実際に実験する時間がなかった。

賢者は、いざという時は国の一部の人間を転生させることで、この世界の情報を少しでも異世界へ残し、誰かがいずれこの世界を救う道を見つけてくれることを考えたのだが、それを行う時間も無くなってしまった。


そして、最後の時。

勇者や戦士達が犠牲になって時間を作ってくれている間に、その誰も試したことのない理論を用いて、それを実行したのだ。

自分魂の基礎的な情報を圧縮して異世界へと、この世界を救える可能性のある世界へと転生を行う。


が、賢者は欲張りであった。

魂と基本情報だけにしておけばすんなりと「転生」ができて、前世の記憶を持った人間として生まれ育てた可能性があったのに。

持てる限りの自分が得てきた知識、経験、情報を圧縮しすぎたせいか新たなる世界では「ネコ」の姿になってしまったのだった。


情報を圧縮しすぎて、魂のサイズが猫の器に合うようになってしまった。

人間の器に入るには、異世界に入ったと同時に圧縮を解放し、魂の容量を、人の器レベルにあげないといけなかったのだが、異世界を移動した際のショックでそれを行うことを忘れてしまい圧縮した容量のままで転生を実行してしまった。

というか、腹が減りすぎて集中力がもたなかった。


気がつくと子猫の姿。

かろうじて、自立した後の姿ではあるが、賢者が転生した異世界のネコは危険がいっぱいだった。

子猫の姿なのであらゆるものが命を奪いにやってくる。

高速で移動する乗り物、悪ガキどもの追撃、野生動物からの攻撃、同族からの攻撃。

猫としての本能がありつつ、賢者としての意識もあるので自分の現状が理不尽であることは理解していたが。

ボロボロになりつつ、なんとかこの圧縮した魂情報を解放できるまでは死ねぬ、今肉体を失ったら自分の世界を救う糸口は無くなってしまう

必死に生き延びることを考え、逃げ回っているうちに光正の家に辿り着いたのである。


喋る猫ではなく、猫の中に人間の魂が入っている状態。


見た目はネコ、中身は異世界最高の賢者


ネコマサは異世界から来たネコ賢者なのだ



続きます。

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