第18話 第三次 ミヒェルス国 蝕(しょく)戦争
第三次 ミヒェルス国 蝕戦争
蝕の影響は部分的に強く現れ、場所によっては国ごと蝕に飲まれていくところもあった。
そうなると、もう助けることはできない。
国民が逃げ出せるだけの時間を稼いだあとは、その土地は放棄され蝕に削られていくのを眺めているしかない。
削られた土地は黒い霧に覆われ、どのような力を持ってしてもその中へ入ることはできなくなっていた。
そして蝕に飲み込まれた人間や生き物たちは蝕の手先となり、他の地域へと進行していく。
蝕はこの世界に存在することを否定していく。
しかし、人間は離れた友人や家族たちから生きていること、この世に存在していることを期待されている。蝕に侵食された地域であっても、自分の家族や友人が生きていることを祈られる。
蝕により存在を否定されているのに人により存在を期待される
すると、それが存在を曖昧としたものとなり魔物と呼ばれる状態になる。
魔物、とは魔のものではなく「間の物」マモノであったが、物語に出てくる悪しき魔界の物と同じに扱われ、蝕に取り込まれた人間は魔物と呼ばれる。
それらは自分が存在しようと足掻き、存在の確定している生者に縋るように迫ってきて、その存在を否定していく。つまり理力から切り離し殺していくのだ。
そして、魔物はこの世から存在が否定されている状態でもあるので、通常の武器や道具で倒すことができない。
強い意識、強い生存している理力を持ったものがたちが、その圧力で叩き潰すか、賢者のような存在が作り出した「間法」つまり、マホウにより曖昧な存在を完全に否定しこの世から切り離す手段が用いられている。
間法も、魔物と同じく物語で使われていた魔のものを退ける術「魔法」と呼ばれるようになっていた。
魔物は勇者か魔法で倒すしかない。
なので、蝕に魔物になりかねない人が飲み込まれないようにと、国民全員が逃げられるように、どの国も計画を立てて対策をしていた。
しかし、完全に全てを引き上げることはできないため、蝕から生まれる魔物を完全に減らすには至っていない。
この世界に存在することを否定された存在として、魔物、彼らはこの世界に恨みを投げ続けていくようになる。
ミヒェルス国
どの土地へと進行するにも蝕が必ず通る道筋の上に存在し、すでにこれまでに2度、蝕の大進行を受けていたが、これまでは勇者たちの活躍により撃退されている。
だが、3回目の今回はいつもと様子が異なり、以前よりもさらに強い「存在の否定の力」、魔物の存在を、認識を否定する力を蓄えてきていた。
国民は安全な土地へと去ってゆき、国土には各国から派遣された勇者と、騎士と兵士と賢者たちが陣を作り。
今、ミヒェルスの土地は人類が蝕へ抵抗する最前線となっている。
かつては仲違いを繰り返してきた国々も、蝕の進行により皆で協力するようになって現在に至る。
現在、大陸には7つの国が存在していた。
かつては12の国があったのだが、2つは蝕の戦争前に他国に侵略され国が消えていき、3つは蝕に飲まれてしまった。
最前線からナム国、ミシャル国、ジャパ国の勇者が帰ってきたという。
賢者ジャルフ=ナーム=ガッハッスナはその報を聞いたのは、ちょうど王宮で粗末な食事をしていた時だった。
物資の流通が悪くなっているため、王宮でも食事は庶民と変わらない。
すぐさま雑穀の粥をかき込んでから杖を持ち、賢者のフードを被りその3勇者の元へと駆けつける。
勇者たちは戦闘後の生々しい傷跡が残った鎧を身につけたまま、広間であれやこれやと連れてきた騎士団へと指示を出していた。
「勇者バーン、メルファ、アンヌ、おかえりなさい」
賢者ガッハッスナが声をかけると、3勇者は身を正して
「無事に引き継ぎの3勇者に後を任せて、任務果たしてきました」
と赤い鎧を身につけた同じく燃えるような赤毛のメルファがそう答える。隣にいる青い髪色の30代くらいの屈強な女性はメルファ、その隣の薄い金髪で少年のような見た目の若い人物はアンヌ、それぞれが国を代表してきてくれた勇者である。
「お疲れ様。それで、詳しい情報がすぐ欲しいのだが」
勇者たちはすぐに自分の妖精たちを呼び出す。
勇者とは、その国に古くから住んでいる妖精たちが力を与えた存在。国と、世界を安定させるために妖精たちによって選ばれる存在である。
なので、勇者は契約した妖精と共に戦い一心同体である。妖精が死を迎えると勇者も死を迎えることになるため、妖精は極力「妖精の道」へと隠れており、必要な時しかこちらに姿を現さないようになっていた。
そして勇者は妖精の道を通ることができるので、長距離を短時間で移動することが可能である。
各勇者と契約している三人の妖精は、それぞれ赤、青、緑の髪色をしており、扱う理力の色を纏っていた。
赤は熱、青は冷却、緑は移動、
妖精たちは情報を理力を使って体外記憶領域へと収納することができる。
自分が見てきた記憶、勇者が見てきた記憶なども全て体外記憶領域へと収納されており、それを賢者は理力を通じて見ることができるのだ。
賢者は自分の周囲に展開した体外記憶領域へと妖精の記憶を移しかえていく。
それが終わると、賢者は上げていた杖を下ろし、妖精たちに礼を言い
「では、勇者の皆さんはゆっくりしていってください。
次出番がある時は、最終決戦の時になると思います」
と言って、賢者は城の王族が集まる部屋へと移動していく。
その移動中に体外記憶領域に放った分体により、勇者からの情報をまとめていく。
同時に8つの魔法陣を作り、それぞれに体外記憶領域の処理を実行させていくため、短時間で目的の内容を集中させることができる。
この複数の並列情報処理の手法は、ガッハッスナが得意としているもので他の賢者で同じことをできるものはいない。
そして部屋に到着する頃には魔法陣は一つにまとめられ、必要な情報を手元の本へと転写していった。
扉を開け室内に入ると中にはミヒェルス国の国王と、王子が二人。
そして3人の妃と四人の娘が円卓に座っていた。
「王族の方々、お待たせいたしました。
現状を認識していただくための情報が勇者より持ち込まれましたので確認をお願いします」
そう言って、賢者は先ほど本に記した魔法陣を円卓の上に展開し、それぞれの外部記憶領域へとそれを繋いで情報を共有することにする。
そこで王族の十人の表情が変化する。
娘、女性が見るには過激なところもあるが仕方ない。しかし人々の戦いの記録、国民が流した血の量は王族が把握しておかないといけないのだ。
記憶を一通り見てから、娘の三人は半分気を失うように机に突っ伏し、妃たちはかろうじて踏みとどまり。
王子二人と王は涙を流していた。
自分たちが戦場に行けぬがために、散っていった騎士達に対して。
しばらく皆が落ち着くまで待ってから、賢者ガッハッスナは静かに語り始める。
「共有していただいたのが現状です。
そして、一見悪いように見えますが、朗報も多くあります」
「朗報、とは?」
王が尋ねる。
「兵士が多く亡くなっていますが、見ていただいた通り蝕に呑まれたものがおりません。魔物になることもなく皆安らかなる死を迎えております。
これは、戦場に向かった賢者たちの活躍により前線に蝕の力が及んで無い証拠。
勇者、騎士、兵士たちがうまく押さえ込んでいることを表してます」
そう言って、賢者は円卓上に広げた地図上に小さな木製のコマを動かしながら現場の配置を予想する。
「このように、これから勇者たちが全員で最前線へと向かい蝕を抑え込みます。
その間、王族の皆様はこの国の存在を強く認識し、国の持つ外部記憶領域と、理力をつなげてください。私たち賢者は高位なる知恵の術を使うことにしました」
「高位なる知恵の術?異世界と繋げるのはなぜだ?」
第一王子、30歳くらいになる精悍な顔つきをした男性だが、ここしばらくの戦いでやつれ気味でもある。だが、まだ諦めた表情は一切なく蝕への対抗心は消えていない。
賢者は自分の外部記憶領域と理力のバイパスを確認しながら。
「私の、別の世界線にある分体が、この前から私へと情報を伝えてくるのです。
高位なる知恵の術を開き、我が異世界の力を繋げよと」
「我が異世界?」
「私の、別の世界線の分体が異世界に有るようで、それがこれまでも蝕に対しての解決策を伝えてくれていました」
「賢者の知恵は異世界にまで広く及ぶのか」
王は感心しているが。
本人は、うやうやしい態度をとりつつも、内心は冷や汗をかいてたりする。
そういうわけではないのだが、と。
この異世界の分体、というものの存在は最近急に現れたもので、自分はそのようなことをした記憶がない。
しかし、その分体の波長は確実に自分のものであり、高位なる知恵の術を通すことで分体から様々な情報が、理力の使い方が流れてくるのだ。
記憶にはないが、有益な情報ではある。
そこで、今の自分ではない別の自分が今の自分たちを助けるために動いている可能性を考えた。
これまでの観測でも、異世界は一つではないのだ。
米の房、麦の房のように細かいものが多くつながっている状態を見たこともある。
その中に、蝕の世界に対抗する手段を得た自分がいるのかも。
以前の蝕との戦い、弟である勇者ナーム=シュエザックが中心となって戦った平原の戦いも、その分体からの情報にかけて、戦を進めていった結果戦いに勝つことができたのだ。
この戦いも、その分体からの情報をこちらに繋ぐことで、多分勝つことができる。
そのためには確定した認識、この世界に、この国が存在しているという情報を確実にしないといけない。
そこで、賢者は王族たちにこの国の情報を確定させるために、この城に残ってもらい国々についてお互いの記憶を、情報を、認識を確認し合うように仕向けていた。
国を漫遊した時の記憶でもいい、美味しいものを食べた記憶でもいい。出会った人々を全て思い出してもらうだけでも良い。
王族は基本的な理力が膨大で、体外記憶領域も一般的な兵士や民間人の数倍あるのだ。
王とは、王族とはその膨大な外部記憶領域へ国中の情報をためていくことと、歴代の王が抱えてきた国の情報を入れていくことで、国が存在している認識を強くそこに刻むようにする役割がある。
国の存在を強く認識し、自然災害が起こらないように国土を安定させ、民の生活も安定させていくための役割を持っているのだ。
彼らがこの国の存在をより確定させるために、先ほどの勇者の記憶もつなげていったのであった。
国はまだ死んでいない。まだ盛り返せる力があると自覚してもらうために。
そして今後の計画を賢者が説明していく。
これから日が沈み、夜が訪れる。
その間蝕は何も認識ができない暗闇の世界となるので動きが鈍っていく。
夜の間に、各国の賢者を中心に集め、高位なる知恵の術を発動させる準備を行う。
複数の賢者を使う理由は、それだけ多くの情報を一気にすばやくこちらに引き込む必要があるからで、高位なる知恵の術は一人の賢者でも行えるくらいの、そこまで難しいものではない。
ただ、異世界に繋げるバイパスを太くする場合は数人で息を合わせる必要がある。
そのために、賢者ガッハッスナが自分の分体のいる異世界への道標となる必要があるので、今回の儀式の中心となること。
そして、儀式の後にここに集まった世界中の国から集まった七人の勇者を中心としたものたちが、異世界からくる理力の力を受け取り、一気に蝕の流れを封じ込めるという流れだった。
兵士や騎士たちの一部精鋭は勇者と共に最前線へと向かい、他は民間人の避難誘導を優先し、もしも勇者と賢者の計画が失敗した際にはここの王族、賢者たちを無視して全員国から出ていくようにと伝えてある。
勇者の攻撃が失敗した場合は、ここの王族たちが仮に生き残ってしまうと蝕に取り込まれた時に国の存在が否定されるはずが、王族の力により国の存在が否定されることを、滅亡を受け入れない、許可しない状態となり、国自体が蝕に操られた人間のような状態になりかねない。
そうなると、国の記憶から蝕は世界を否定する存在たち、国レベルの強い魔物を生み出し人々を襲うようになっていく。
魔物は人の暮らし、生活を否定するためだけに現れるので保持している物を破壊し、守られているものを壊し、救いを求めるものを絶望へと追いやっていく。
それが国家規模で現れるようになっては、今後の対策が難しくなるためそうなった時は一族全員、賢者もろとも爆殺という覚悟を決めている。
賢者も異世界への繋がりを持っているので他の世界へ影響を与えないために理力から切り離されないといけないのだ。
理力から切り離される=死である
「明日の日が登ってから、私たちは最終的な戦いのために準備を行なっていきます。王族の皆様は、この国のことを、歴史を、情報をしっかりとここにつなげられるようにお願いします。
そのためにも、今日はゆっくりと休んで明日に備えていただきたい」
そう言って、賢者は王族たちの前から立ち去り、儀式の準備を確実に行うために、他の賢者たちとの会合へと向かった。
勇者を、この国の王族たちをここで死なせるわけにはいかない。
そして、自分の最愛の弟である勇者も、無事でいて欲しいと思っていた。
日曜は更新お休み。




