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第95話 動き出すダム計画

「……山を削って、川を止めて、湖を作る?」

公爵が、カイトの言葉をオウム返しにする。


「……湖?」

アリシア王女が扇の奥で怪訝そうに眉をひそめた。


「灌漑か?」

ゼイブ伯爵は、役人らしい常識から農業用のため池を想像して首をひねる。


「えっ、なんで湖を作ると王都に明かりが届くの!?」

ただ一人、ルシアン王子だけが純粋な好奇心からカイトに身を乗り出した。


カイトはニコニコと笑いながら、地図上の山脈の谷間を小さな指でなぞる。


「たとえばね、お山に降った雨は谷を流れて、小さな川になるでしょ? その小さな川がいっぱい集まって、黒竜川みたいなおっきな川になるんだよね」


「……うむ。そうだな」

公爵が真剣な顔で頷く。


「その谷と谷の間を、ドーンって壁を作って塞いじゃったら、そこにお水がいっぱいたまって大きな『湖』になるでしょ?」


「……まあ、理屈の上ではそうだが」


「それでね、その湖の高いところからお水を一気に下へ流したら……すごい『滝』みたいになるよね?」


「うん! 滝になる!」

ルシアンが目を輝かせて即答する。


「そのドバーッて落ちてくる滝の下に、さっき見たよりもっとおっきな水車を置いたら、今よりずーっと速く、ずーっと強く発魔機を回せるんだよ!」


カイトが両手を広げて滝から水が落ちる真似をすると、天幕の大人たちはようやくカイトが提案している内容の輪郭を掴み始めた。


(まあ実際は導水管の中を通すんじゃがの。そんなの説明しても分からんじゃろ)


「つまり、この谷の部分を塞ぐのね。でも……それで本当に王都まで届くほど発魔機が回せるのかしら?」


アリシア王女が、地図の谷間に視線を落としながら問う。


「うん! この谷を、だいたい『二十メル』くらいの高さで塞いじゃえば、すっごく大きな湖ができるでしょ?」


「……二十メル?」

ケッセルベルク公爵の声が、思わず裏返った。


「そう。そのくらい高さがあれば、とっても勢いのある滝になるから、おっきな水車もグルグルいっぱい回せるよ」


「ま、待てっ!!」


公爵が思わずテーブルに手をつき、地図を指差した。その顔には、先ほどまでの威厳はなく、純粋な驚愕が浮かんでいる。


「私はてっきり、川を少し堰き止める『堰』の話だと思っていたぞ! 谷を二十メルもの高さで塞ぐつもりなのか!? なら、それはもう堰ではない。城壁を山間に築くようなものではないか!」


二十メルといえば、王都を囲む城壁にも匹敵する高さだ。それを山奥の谷底から築き上げ、しかも川の激流を完全に塞き止めるという。

公爵にとって、それは想像を絶する規模の土木工事だった。


(本当なら百メルでも構わんのじゃが、そんなもの何年かかるか分からん。まずは二十メルじゃ。落差がつけば水車の力も今とは比べ物にならん。王都まで届くようになってから、必要なら嵩を増せばええんじゃ)


カイトはいつも通りの無邪気な笑顔に戻ると、小首を傾げた。


「うん! そうだよ。でもね、まずは谷を塞ぐ場所を探さないとダメだと思うんだ。お山なら何処でも出来る訳じゃないし、お山の中に入って、川の形をちゃんと調べないとね」


「そうだな…」


カイトにとっては、ただ必要な手順を口にしただけだった。


だが、その言葉を聞いた二人には、それが国家規模の事業を進めるための最初の一歩に聞こえた。


その沈黙を破ったのは内務局トップのゼイブ伯爵だった。


「……待て。谷を二十メルの壁で塞ぎ、川の水を貯め込む……。カイト君、それはつまり、大雨が降っても川の下流へ一気に水が流れ込まなくなる、ということか?」


「うん、そうだよ! 少なくとも湖にお水を貯めたところは、必要な分だけ流すようにするんだ」


その無邪気な肯定に、ゼイブ伯爵はガタッと椅子から立ち上がった。


「おおおっ……! な、なんということだ! ケッセルベルク公爵、お分かりですか!? これは単なる魔力の動力源ではない。長年我が国を悩ませてきた黒竜川の氾濫を、コントロールできるということですぞ!!」


毎年、大雨のたびに発生する洪水被害と、その復旧に消えていく莫大な国家予算。それが、この巨大建造物によって根絶できるかもしれないのだ。


ゼイブ伯爵の顔は、興奮で真っ赤に染まっていた。


「内務局は直ちに動きます! 王都から最も優秀な測量士と地質学者をかき集め、すぐにでも山脈への調査団を編成しましょう!」


「早まるな、ゼイブ伯爵」


ケッセルベルク公爵が、落ち着いた重々しい声でそれを制した。


「以前の評議会でも言った通り、この事業はあくまで内務局主導の『インフラ整備』だ。我々軍務局が表立って主導権を奪うつもりはない」


「公爵閣下……」


「ノートン領までは既存の道がある。しかし、その先は未知の原生林だ。体力のない文官たちだけでは、目的の谷に辿り着く前に遭難するのがオチだ」


公爵はゼイブ伯爵を見据え、力強く頷いた。


「道なき道を切り拓き、そちらの測量士たちを無事に谷まで送り届けるため、軍務局から山岳踏破に長けた工兵と諜報部からも兵を出そう。約束通り、裏方としての『必要な協力』は惜しまんぞ」


「おお……それは心強い。感謝いたします、公爵閣下!」


国家の未来を左右する莫大なプロジェクトを前に、内務と軍務のトップが互いの強みを理解し連携を見せた瞬間だった。


大人の話がまとまったところで、カイトが戸惑ったように首を傾げる。


「ええっと、じゃあ調査に行ってもいいの……?」


その声に応えるように、パチン、と涼やかな音が響いた。

アリシア王女が扇を閉じ、静かに立ち上がる。


その一動作だけで、熱を帯びていた公爵と伯爵がハッと息を呑み、即座に口を閉ざして臣下の礼をとった。


「フェルメール子爵」

アリシアの凜とした声が、天幕に響き渡る。


ビクッと肩を跳ねさせたアルベルトが、顔面を蒼白にしながら慌ててその場に平伏した。


「は、ははっ! こ、ここに!」

アリシアはその姿を静かに見下ろし、王族としての確かな覇気を持って宣言した。


「先の評議会にて、国王陛下が『光の道計画』を国家事業として定めたことはすでに周知の事実です。しかし……もはやこれは、街道に明かりを灯すだけ、という規模には収まりません。国王陛下の名代として、わたくしがこの場で追加の決定を下します」


天幕の空気が、一段と張り詰める。


「バルザス山脈における巨大水瓶建造計画を、正式に『光の道計画』の内包事業として認定します。まずは内務局を主体として詳細調査を開始し、建設可能性を検討しなさい」


「「ははっ!!」」


公爵と伯爵が、同時に深く頭を下げる。

そしてアリシアは、平伏するアルベルトの横に立つ、小さなヘルメット姿の幼児へと視線を移し、ふっと口元を綻ばせた。


「……カイト。あなたには引き続き、この事業の現場指揮を任せます。期待してよろしくて?」


王女からの直接の指名。


それは、フェルメール家が「ダム建設」という超大型工事に対する建設に必要な調査と準備を国家が支援することが決まった瞬間だった。


(……よっしゃあぁぁッ! 人員確保じゃあ! 測量隊も、資材も全部国が用意してくれる! これでやっと本格的な工事に入れるぞい!)


カイトは内心でゼネコン監督としてのガッツポーズを決めながらも、表面上は完璧な子供スマイルで元気よく頷いた。


「はいっ! ボク、がんばるよ、アリシア殿下!」


こうして、この世界の常識を根底から覆す前代未聞の巨大プロジェクトが、王族の号令のもと、ついに動き出したのである。


第二章 完


本日もお読みいただき、ありがとうございました!


これにて第二章は終了です。ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございます!


第三章では、いよいよダム建設へ向けた調査・測量、そして建設へと物語が進んでいきます。

現在は、より面白くお届けできるよう第三章のプロットをじっくり練っておりますので、

もう少しだけお時間をいただければ幸いです。


もし「面白い!」「ダム工事が気になる!」「カイト頑張れ!」と思っていただけましたら、

ページ下部より評価やブックマークで応援していただけると、とても励みになります!


第三章もよろしくお願いいたします!

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