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【特別SS】お忍び王子一行の災難?

特別SSです。

今回は、ルシアン王子が泥靴村を訪れた後、王都へ帰る道中の様子を描いたお話になります。

本編のちょっとした裏話として、お楽しみいただければ幸いです。

パカパカと蹄の音を響かせ、一台の馬車が宿場町の入り口に停車した。

ベルーク子爵家の坊ちゃんと、その護衛という名目でフェルメールを訪れた一団だ。


彼らが馬車を降りたその瞬間、治安維持のために目を光らせていたチャドの長年の勘が、けたたましい警鐘を鳴らした。


(……おいおい、冗談だろ。なんだあの男は)


チャドの視線は、一団の後方でおちゃらけながらも周囲を警戒している男――アランに釘付けになっていた。


ヘラヘラと笑い、仲間と軽口を叩きながら歩く姿は、いかにも無防備そうだ。だが、歩幅、重心の置き方、視線の配り方。そのすべてに一切の隙がない。


(ただの護衛って歩き方じゃない。どこの手練れだ? あのレベル、俺が知る限り王都の近衛か裏の超一流の暗殺者くらいしかいないぞ……)


チャドは思わず息を呑み、極力気配を殺して置いてある馬車の影へ溶け込もうとした。


一方で、おちゃらけている当のアランも、表面上は冗談を飛ばしながら、チャドの方を強烈に意識していた。


(おいおい、なんだあの男。警備兵みたいな服を着てるけど、あれって何人かヤってる殺気だよな)


(絶対ただの警備兵じゃねぇぞ…)

(絶対ただの護衛じゃない…)


アランの目が、笑みの形を保ったまま微かに鋭く細められる。


(フェルメール家は、あんな奴まで雇ってるのかよ。関所といい、この人材といい……どう考えても、ただの男爵の域を超えてるぜ)


温泉街の長閑な喧騒の中、決して表には出ない一流同士の静かな観察が交差していた。


アランがチャドを気にしながら温泉宿に入ろうとしたその時だった。


「アァラァ!! いらっしゃいませぇ、極上の殿方たち!」


「ヒッ!」


一行が目当ての温泉宿の暖簾をくぐるなり、マダム・ゴンザレスが飛んできた。濃厚な香水と、それを上回る圧倒的な肉圧がルシアンたちを襲う。


ぼよ〜ん!


ヴィクトルとデュランが、マダムの巨体にあっさり弾き飛ばされた。


シャルロットは巻き込まれるのを避けるため、とっさにルシアンをかばい壁際へと避難した。その時、彼女の視線がふと帳場カウンターに並べられた品々に止まり、パッと見開かれた。


「……嘘でしょう? あれって……」


思わず漏れたシャルロットの呟き。彼女の視線の先には、王都で常に入荷待ちとなっている『美肌泥パック』と『アロマ軽石』が、山のように積まれて販売されていた。


(なぜ、王都の限られた店でしかお目にかかれないブランド品が、温泉宿に……!? )


女性目線ならではの常識外れな光景にシャルロットが戦慄している間にも、マダムの猛攻は続いていた。


「あら〜、ごめん遊ばせ。」


「お、おい、離れろ!」

「ルシアン様に気安く触るな!」


「まあまあまあ! そちらの品の良さそうな金髪の坊や(ルシアン)も、そっちの筋肉がぎっしり詰まってそうなイイアランも! まさに選び抜かれた特上品じゃないの!」


「遠慮なさらずに! 今夜はアタシがたぁっぷり、骨の髄まで癒やしてあ・げ・る・わァ! さあ、まずは殿方たち全員、アタシが直々に背中を流して……」


「丁重にお断りする! 自分たちで入るから構わないでくれ!」


アランはヤバいと思った。さっきの手練れといいこのボンテージの化け物といい、とても一般人とは思えなかった。デュランも近衛なのに一撃で吹き飛ばされた。


***


命からがら渡り廊下を抜け脱衣所へ逃げ込み、ホッと息をつきながら露天風呂の湯船に浸かった一行だったが、そこでもさらなる驚きが待ち受けていた。


「……おいおい、嘘だろ。ここは泥靴村って呼ばれるド田舎の沼地だったよな?」


「ええ。ですが、この景色は……」


湯船の正面、見事な切り取り窓の向こう側に広がる光景。


巨大で無骨な飾り岩に美しい石垣。そして庭全体を明るく照らす真っ白な玉砂利が敷き詰められていた。さらにはバルザス山脈をバックにし、サラサラと揺れる見事な竹林がそこにはあった。


「王都の貴族の庭園だって、ここまで洗練されたものはそうそうお目にかかれないぞ。このド田舎の沼地にこんな庭を造り上げるなんて……ここの庭師、どんだけ半端ない腕してんだよ」


ヴィクトルも感嘆の息を漏らす。王子の教育係として常に張り詰めていた彼らの神経も、この温泉と景色には抗えず、じんわりと解きほぐされていった。


だが、フェルメールの『異常性』はこれで終わりではなかった。


湯上がり後、広間に通された彼らの前に現れたのは、この旅館の料理人だった。


「お待たせいたしました。本日のメイン、巨大沼鰻の極上ロースト、赤ワインと果実の濃厚ソース仕立てです。独自の温度管理によるこちらの『オンセン・タマゴ』を絡めてお召し上がりください」


「沼鰻だと? そんな泥臭いゲテモノが食えるわけ……」


疑心暗鬼のまま一口食べたデュランの動きが、ピタリと止まる。


「……美味い。泥臭さなんて一切ない。それどころか、炭火で焼かれた皮の香ばしさと、暴力的なまでの脂の旨味が、このソースで完璧にまとまってる……!」


「この『オンセン・タマゴ』というのも絶妙だ。とろけるような黄身が、鰻の濃厚な味をさらに引き立てている……」


ルシアン王子でさえ、夢中でフォークを動かしている。


食後。満腹感と心地よい疲労感の中、広間の隅でアランは天井を仰ぎ見て、ポツリと呟いた。


「……なぁ、ここの奴らって異常に『スペック』高くないか?」


ヴィクトルとシャルロットが、複雑な顔でアランを見る。


「外じゃ暗殺者みたいな手練れが街の警備でウロウロしてるし、宿の女将は近衛の騎士を一撃で吹き飛ばすほどのバケモンだ。おまけに、ただの沼地にあんな庭を造る職人がいて、料理だって王都の一流店並み……いや、それ以上だぜ」


アランはニヤリと笑うが、その目は全く笑っていなかった。


「フェルメール男爵家……ただの田舎の成り上がりかと思ってたが、とんでもない伏魔殿だな。こりゃあ、王都に帰ったら報告書の上方修正で徹夜になりそうだ」

本日もお読みいただき、ありがとうございました!

今回は特別SSでした。泥靴村の濃いキャラとの遭遇でした。

少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです!

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