第89話 噂が広がる南街道
王都から南へ続く街道。
ここでは、来週に迫った王族の視察に向けて、現段階で出来るところまで進めようと、現場のラストスパートが始まっていた。
発魔機は前回の実験データを基に三級魔石仕様へ変更された。さらに、発魔機と送魔線の間には『漏斗』の刻印を刻んだ魔石を組み込み、発生した魔力を無駄なく送魔線へ送り込む。
一方、魔導ランタンには『連環』の刻印を施した五級魔石を採用した。送魔線の強すぎる魔力圧をランタンに適した強さまで落とすことで光量に余裕が生まれ、設置間隔も二十メルから三十メルへ広げられた。
そして今、その三十メル間隔で街道沿いに柱穴を掘り進めるため、新型重機『ズボットホール』が轟音を上げて稼働を始めていた。
「なんで私がオペレーターなんですか!」
『ズボットホール』の操縦席に座らされた魔導具師のゼノスが、レバーを握りながら不満の声を上げる。
繊細な手作業を本職とする彼にとって、泥と油にまみれる重機の操作は完全に専門外である。
「うるせぇ! しょうがねえだろうが! 坊主にやらせたら、面白がって何処までも深く穴掘っちまうんだからよ!」
隣で指揮を執るバッカスが、ゼノスの文句を一喝して黙らせた。
少し離れた場所では、黄色いヘルメットを被ったカイトが「面白がってないもん、ちょっと加減をまちがっちゃっただけなのに……」と、操縦席を追い出された不満から口を尖らせている。
バッカスは忌々しそうに舌打ちをすると、今度は現場を走り回っている特命室長へ怒鳴り声を上げた。
「おい、エド! 魔法使いの手配はまだ出来ねぇのか!? 穴を掘ったそばから魔法で土留めしねぇと、すぐ崩れちまうだろうが!」
「す、すみません! すみません!」
エドは両手に抱えきれないほどの羊皮紙の束を抱えながら、半泣きで悲鳴を上げた。
資材の調達、王族視察の警備手配、現場の進行管理。ただでさえオーバーワーク気味だった特命室長は、今や完全に許容量を超えていた。
「もう目一杯仕事が入ってて、どれからやっていいか分かりませんっ!」
「ああ、なんでオレが仕切んなきゃならねえんだよ! おい、坊主、いい加減機嫌直して、何とかしろ!」
「じゃ、バッカスおじちゃん、タンピングランマーで柱のまわりを固めてね!」
「なんで俺が重機じゃなく締固めまでやるんだ!」
「だって魔法使える人が三人しかいないんだもん。ボクがズボットホール動かす?」
バッカスは頭を抱えると大人しくタンピングランマーに魔力を込めた。
***
そして数日後。
王都の南へ続く街道では、約九百メルにわたって三十本余りの街灯柱が立ち並び、一本一本に魔導ランタンが取り付けられていた。
王族の視察を明後日に控えたこの日、夕暮れ時に街灯柱の試験点灯が行われることになった。視察当日と同じ条件で夜通し灯し続け、明るさと安定性を確認するためだ。
「じゃあ、みんな準備はいい? お船の水門あけてー! 発魔かいしー!」
「ヤロウども、スライド底板、外せーッ!」
ゴォォォォッ!!
止水板が外れると同時に、黒竜川の激流が船形水車の中央トンネルへ流れ込む。
水車は一気に回転数を上げ、船内の発魔機が唸りを上げた。
日没まであと一時間ほどとなり、太陽が地平線近くまで傾いて、あたりには次第に長い影が伸び始めていた。本来なら薄暗くなり、旅人たちが足を早める頃合いである。
だが、その日、王都へ向かう行商人たちは信じられない光景を目の当たりにして足を止めていた。
「……おい、なんだありゃあ!?」
先頭の商人が馬の手綱を引いて立ち止まる。
街道沿いに等間隔で建てられた数十本の柱。その先端に取り付けられた魔導ランタンが、一斉に青白い光を放ち、周囲を昼間のように明るく照らし出していた。
「急に明るくなったぞ?」
「街道が昼間みたいになってるぞ!」
まだ設置された区間は九百メルほどに過ぎない。それでも夕暮れを押し返すように、街道には青白い光の帯が伸びていた。
「……これは魔導ランタンか? 」
「しかし、近くに魔力を注ぐ術者の姿がどこにも見当たらんぞ……」
「なぁ、あのランタン、線で繋がってるよな。だったらその先に術者がいるんじゃないか?」
「こんなに繋がってるランタンを一人でか?」
その日の夜。王都のあちこちの酒場では、南の街道を照らす『光』の噂で持ちきりになっていた。
「おい、聞いたか?南の街道の一部が、夜でも光ってるんだとよ!」
「青い光だろ?それ見たぞ。ごっつい男たちが大勢で魔力を送ってるって噂らしいぞ。三十本くらいのランタンを一気に灯してたって話だ」
「いやいや、魔力ってのは複数人で同じ魔石に流したら暴れるもんだろ。そんなの無理だって魔法使いも言ってたぞ」
「じゃあ一人でやってるっていうのか?」
「でも、あの明かりが夜も点いててくれるなら荷馬車を走らせられる!」
「じゃあ宿代が浮くな」
人々の噂は瞬く間に広がり、どんどん尾ひれがついていった。
その喧騒の隅で、薄汚れた外套を目深に被った男が酒を飲みながら、周囲の会話を一言一句聞き逃さぬよう耳を澄ませていた。
魔力を注いでいるはずの人間の姿がどこにもない。
それなのに街道は確かに灯っている。
男は眉をわずかにひそめた。
複数人で同じ魔石に魔力を流せば暴走する。それは魔導師なら誰もが知る常識だ。だが現実には、街道は安定して光を放っている。
男は静かに酒を飲み干すと、何も言わず席を立った。
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