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第88話 公式視察の裏事情

一行が歩兵の演習場を後にし、軍務局のある建物へ向かって歩いていた、その時だった。


「カイトーっ!」

廊下の向こうから、弾んだ声が響く。


振り返ると、王宮の廊下から駆け下りてきた第一王子ルシアンが、目を輝かせながらこちらへ向かってきた。


「カイト、それ何? ねぇ、それは何をするものなの!?」


その後ろから、近衛騎士と側近たちが慌てて追いかけてきた。


「殿下、お待ちください!」


「殿下!! えっと、あれは、モーターで柱をヒョイって持ち上げて、ズボッて穴を空けて、そのまま柱を立てるためのモノなんだ!」


「ズボッて穴!?なにそれすごい!僕もやりたい!スイッチ押したい!」


ルシアンが歓喜の声を上げて飛び跳ねる。


理系の王子としての好奇心を完全に刺激されたルシアンの爆弾発言に、追いついてきた側近たちと、特命室長のエドが同時に悲鳴を上げた。


「で、殿下!?ああのような得体の知れない重機に触れるなど、危険すぎます!」


「それに、王族が土方仕事の真似事など……!」


側近たちが必死に止めようとするが、ルシアンは全く聞く耳を持たない。


「いいじゃないか!国の新しいみちを作る『光の道計画』なんだよ? それに、王族なんだから手伝ったっていいよね、カイト!」


「――ダメよ、ルシアン」


その時、凛とした涼やかな声が廊下に響き渡った。


ルシアンがピタッと動きを止め、カイトたちも声のした方へ視線を向ける。


そこには、美しいドレスを身に纏い、扇を口元に当てた第二王女、アリシアが優雅な足取りで近づいてきていた。


「あ、姉上……」


「王族が自ら土に塗れ、労働の真似事をするなど。そのようなことが他国の耳に入れば、王家の品位が問われます」


アリシアのピシャリとした言葉に、側近たちは「おお、さすがはアリシア殿下……!」と安堵の涙を浮かべた。


ルシアンはしょぼんと肩を落とすが、それでも食い下がる。


「で、でも姉上! 僕はどうしてもあの重機を見たいし、現場に関わりたいんだよ!」


「ええ、あなたの言いたいことは分かるわ。あの『光の道計画』は、お父様が期待している国のための大切な計画ですものね」


アリシアはパチンと扇を閉じ、ルシアンに向かって優雅に微笑んだ。


「ですから、ルシアン。ただ泥だらけになって『お手伝い』に行くのはダメよ。でも、王家を代表して計画がどう進んでいるかを確認しに行く『公式な視察』なら、誰も文句は言えないはずだわ」


「……えっ?」

「し、視察、でございますか!?」


ルシアンと側近の声が綺麗にハモった。


「ええ。国の大事業に王族が足を運ぶのは、立派な公務よ。……それならば、あなたたちも文句はないでしょう?」


アリシアはそこで言葉を区切ると、すました顔で側近たちを見つめた。


「とはいえ、ルシアン一人で行かせれば、面白がって現場の邪魔をするのは目に見えているわ。王家の品位を保つためにも、この私がしっかり見張り役として同行してあげる」


「えっ? 姉上も来るの?」


「当然よ。あくまで『公式な視察』なのですから」


凛とした態度で言い放つアリシアだったが、扇の奥から覗く瞳には、好奇心とわずかな笑みが浮かんでいた。


(……おおっ! お姫様、弟の願いを『公式視察』にすり替えおったか! しかも自分もちゃっかり現場を見に行く気満々じゃ!)


カイトは、母のエレナから叩き込まれた完璧な礼儀作法を思い出し、トテトテと前に出て優雅にお辞儀をしてみせた。


「はいっ! ボクたちの現場にルシアン殿下とアリシア殿下がお越しくださるなら、これ以上の光栄はございません!」


カイトが満面の幼児スマイルで即答すると、ルシアンの顔がパァァッと輝いた。


「本当!? やった! 姉上、ありがとう!」

「ちょっと、お待ちくださいアリシア殿下!」


特命室長のエドが慌てて割って入る。


「い、いくら殿下のご提案とはいえ、王族の視察となれば予算の手配や警備の再編など、近衛や軍務局の正式な手続きが……」


「――ならば、その手続き、今ここで私が許可しよう」


廊下の角から、一部始終を見守っていた国王レオニードが姿を現した。

その場にいた全員がハッとして振り返り、一斉に平伏する。


「「「へ、陛下……っ!?」」」


国王の背後には、苦笑いを浮かべたケッセルベルク公爵と、側近ヴィクトルが控えていた。


「ち、父上! 聞いていたのですか!?」


ルシアンが声を上げると、国王はフッと口元を緩めた。


「軍務局への移動中に騒がしいと思えば、随分と面白い相談をしていたな。……アリシア、お前の言う通りだ。国の未来を懸けた計画の現場に王族が足を運び、職人たちを労う。これは王家の姿勢を内外に示す、極めて有意義な公務となる」


「ありがとうございます、お父様」

アリシアが優雅に一礼する。


「……本当は余も一度見に行きたいところだが、国王が大勢の護衛を連れて現場へ押しかければ、それだけで職人たちの仕事を止めてしまう。今回はルシアンとアリシアに任せよう。 ケッセルベルク、手配を頼む」


「はっ。エド室長、それにルシアンの側近たちよ。陛下からの正式な御命だ。大至急、第一王子と第二王女の『公式地方視察』の準備に取りかかれ。警備は軍務局が全面的にバックアップする」


ケッセルベルク公爵が満足そうに頷いて指示を出すと、エドと側近たちは「ははっ!」と頭を垂れ、その命を受けるしかなかった。


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