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第8話 軽石の利権と王都の劇薬主従

セシリアはバッと谷間を振り返り、無数に転がる軽石を見下ろした。


「こ、これは…アンナ、見て御覧なさい! あれは石ではありません、金貨が落ちているも同然ですわ!!」


「……確認しました。泥パックで顔を磨き上げた王都の貴婦人たちが、次に欲しがるのは『見えない部分のケア』。原価はタダ、適当な大きさにカットして袋に詰めるだけで飛ぶように売れるはずです。利益率はほぼ無限大……極めて優秀な新商材です」


無表情なメイドのアンナが、凄まじい速度で手帳に計算式を書き殴っていく。


「オホホホホッ! 決まりですわ! ああ、なんという幸運! ここは宝の山でしたのね!」


次の瞬間、完全に獲物を見つけた猛禽類と化した二人は、視察団の先頭で必死にルドルフ大佐へアピールを続けていたノートン子爵を、背後からロックオンした。


「大佐殿! ですから、我が領の強固な岩盤を利用すれば、橋の基礎は――」


「ノートン子爵様!!」


子爵の必死のプレゼンを、セシリアの声が強引にぶち破った。


「ひぃっ!? な、なんですか、急に大声を……」


「橋の基礎などどうでもよろしくてよ! それよりも、あの谷底に落ちている『不要な石』の採掘権について、今すぐわたくしたちとお話を……!」


「は? いや、私は今、大佐殿と国家の重大な兵站ルートについて――」


「国家の兵站より、まずは領地の経済を潤すお話をしましょう! あのゴミ同然の石を、フェルミエールがすべて買い取って差し上げると言っているのですわ!」


「ええっ!?フェルミエール?ゴミを買い取る!? いや、しかし私は橋のアピールを……あ、大佐殿、ちょっと待ってくだされ、大佐殿ぉーっ!」


「こちらへサインを。専属契約書です。今日限り有効な特別レートとなります」


「ちょ、待っ……メイド! なぜもう契約書ができているのだ! 私は橋の話がしたいのに!」


強欲な没落令嬢と冷徹な鉄仮面メイドの連携攻撃パワープレイの前に、山の領地に引きこもりがちなノートン子爵など、社交界をスイスイと泳ぎ切ってきた彼女たちからすれば赤子も同然だった。


その光景を少し離れた場所から見ていたカイトは、深い深いため息をついた。


(……子爵のオッサン、完全に食われとるわい。ワシはただ落ちてる軽石を見つけただけじゃというのに、瞬く間に利権をむしり取られとるのう……)


王都の「劇薬」コンビの恐るべき商魂を目の当たりにし、カイトは自分の気配を消して、そっと後ずさった。


翌朝。


ノートン領を出発し、次の候補地である『バートン子爵領』へと向かう軍の馬車の中。 昨日の山道での阿鼻叫喚が嘘のように、車内は甘ったるい空気に包まれていた。


「さあカイト様、あーんですわ! このクッキー、とっても甘くて美味しいですわよ!」


「わーい! あーん! ……んー、おいしー!」


セシリアはカイトを膝に乗せ、満面の笑みでクッキーを差し出した。

カイトが無邪気にそれを頬張ると、彼女は幸運の女神を崇めるように溺愛のオーラを振り撒いていた。


「オホホホ! カイト様は本当に素晴らしい審美眼をお持ちですわ! まさにフェルメールの救世主ですわね!」


「えへへー、おねえちゃん、うれしい?」


「ええ、ええ! もう最高に嬉しいですわ!」


その向かいでは、無表情なアンナが手帳に恐ろしい桁の予想利益を書き連ねながら、カイトの口元をハンカチで拭っている。


(……クックック。こやつら、完全にホクホク顔じゃわい。タダ飯どころか莫大な利権まで手に入れて、軍の経費で慰安旅行を満喫しとる)


ノートン領から次のバートン領までは、およそ百キロ。 軍馬を八頭立てにした特装馬車とはいえ、山を下り平野部へ抜ける道のりを一日で走破することはできない。


そのため、一行はバートン領へ入る手前の平原で、一泊の野営を挟むことになっていた。 夕暮れ時。街道から少し外れた開けた場所で、軍の部隊が手際よく野営の準備を進めていく。


「ま、まあっ!? 野営ですって!? 冗談じゃありませんわ、こんな吹きっ晒しの場所で寝泊まりしたら、わたくしのお肌が夜風でカサカサになってしまいますわ!」


馬車を降りた途端、セシリアがヒステリックな声を上げる。


だが、その横ではすでに、無表情なメイドが恐るべき手際で動き始めていた。


「お嬢様、カイト様。こちらへ。軍の工兵たちから天幕テントと資材を借り受け、仮設スイートルームの設営を完了いたしました。隙間風対策として内側に保温用の布を張り巡らせております」


「あら、仕事が早いですわね。さすがアンナ」


「夕食は軍の無骨な野戦配給レーションですが、私が持参したハーブとワインで煮込み直し、極上のフルコースに仕立て直して提供いたします」


(……サバイバル能力が高すぎるじゃろ、このメイド。軍の工兵どもがドン引きして見とるわい)


あっという間に貴族の寝室のような空間を作り上げたアンナの手際に、カイトは内心で呆れ返っていた。


翌朝、再び馬車に揺られ、川と並走するように南下して行く。


車窓からの景色が大きく開け、眼下にはゆったりと流れる大河――『黒竜川』の川幅が広い流域が見えてきた頃には、すでに日は西へと傾き、辺りは茜色に染まり始めていた。


「大佐殿! 見えてまいりました! バートン子爵領の宿場町です!」


外からコンラッド中尉の報告が響く。


ご満悦だったセシリアも「オホホ、平野部なら立派な宿があるはずですわね!」と期待に胸を膨らませて窓の外を覗き込んだ。


しかし――。


特装馬車が宿場町に近づくにつれ、一行の目に飛び込んできたのは、ゴーストタウンのような光景だった。


かつては南と東を繋ぐ交通の要衝として栄えていたのだろう。宿場町は黒竜川の西岸に位置し、王都へ向かう主要街道が川と並行するように南北に貫いていた。


だが、馬車がその街道に差し掛かると、一段高く土盛りされた街道を境にして、町の景色が真っ二つに分かれていた。


街道より西側の区画には、まだ細々と行き交う商人たちの姿があり、辛うじて宿屋や食堂が暖簾を出して町としての息を保っている。

しかし、街道から一段下った東側は、泥と濁流の爪痕が深く刻まれた死の町だった。


建物の壁には、泥水のウォーターマークが残り、無惨にひしゃげた家々の周りには放置された流木や瓦礫が散乱している。すれ違う領民たちの顔には濃い疲労と諦めが張り付いていた。


「……ひどい有様だな。堤防が決壊したとは聞いていたが、川に近い東半分の町がここまで水没して死に体になるとは」


先頭を進むルドルフ大佐が、泥まみれの廃墟群を一瞥して忌々しげに舌打ちをする。


「大佐、どうしますか? もうすぐ日が落ちます。この宿場町の、被害を免れた西側の宿を取りますか?」


コンラッドが馬を寄せて尋ねると、ルドルフは即座に首を横に振った。


「却下だ。水害の跡地は不衛生極まりないし、廃墟だらけで死角が多すぎる。……それに、宿になど泊まれば、ここの領主が『橋を架けてくれ』と泣きついてくるのは目に見えているからな」


大佐の号令により、軍の部隊は宿場町を素通りし、水害の及んでいない少し高い川原に野営陣地を敷いた。


天幕が手際よく張られ、昨日と同じ快適な仮設空間があっという間に完成する。携帯椅子に優雅に腰を下ろしたセシリアは、足を組んで満足げに息をついた。


「今日も宿には泊まれませんのね。まあ良いでしょう。昨日のアンナの設営は快適でしたし」


「恐れ入ります、お嬢様」


そこへ若い工兵が、申し訳なさそうに昨日と同じ硬い干し肉と味気ない乾パンを運んできた。


無表情なメイドはそれをスッと受け取ると、持参の鉄鍋を焚き火にかけ、たっぷりのバターを落とした。


硬い干し肉を瞬く間に細かく刻み、強火で一気に炒め始める。


そこへ硬パンを砕いて投入――仕上げにニンニクと唐辛子をぶち込んだ瞬間、ジュワァァァッ!と、暴力的なまでに食欲をそそるスパイシーな香りが、夕闇の野営地に爆発的に広がった。


(今度はジャンクなキャンプ飯じゃ! 支給品の特性を完全に理解しとるじゃろ、このメイド!)


カイトが内心で舌鼓を打つ一方、少し離れた場所で異変が起きていた。


「……おい、なんで俺たちの支給品と同じ物から、あんな美味そうな匂いがするんだ……?」


「中尉……俺、このカチカチの干し肉を齧るのが、急に虚しくなってきました……」


コンラッドをはじめとする軍の兵士や工兵たちが、自分たちの手にある味気ないレーションを見つめ、涙目でアンナの特設テントの方を恨めしそうに嗅ぎ回っていた。


「……アンナ。むさ苦しい兵隊たちが、飢えた犬のような目でこちらを見ていますわよ」


「視線では腹は膨れません。お気になさらず、お嬢様」


鉄仮面メイドの冷徹な一言と共に、王都の劇薬たちとカイトの、図太すぎる野営の夜は更けていくのだった。

いつもお読みいただきありがとうございます。本日もお読みいただき、ありがとうございました!

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