第85話 技術への正当な対価
フェルミエール商会王都本店。フェルメール家別邸も兼ねるその建物の地下工房では、魔力灯が煌々と灯り、作業台の上には火属性の五級魔石が山積みになっていた。
「師匠、なんか話が違う気がするんですけど」
「ウルセェ、いいからやれ!」
バッカスが豪快に声を上げながら、刻印を魔石に叩き込む。
その隣でゼノスが肩を落とし、深いため息をついている。
「火属性の五級魔石、追加の百個持ってきました〜!」
エドが階段を下りてきて、重そうな木箱をドンと置いた。
するとゼノスが、箱を見てビクリと肩を震わせた。
「ヒィ〜! 規格化なんて言うんじゃなかった!」
彼は慌ててルーペを握り直しながら、悲痛な声を上げた。
(私が『魔力の変圧を戻すために、受け側の魔導ランタンにも連環の刻印を入れてから灯火の刻印を打てば、高圧の魔力が流れ込んでも大丈夫です』なんて提案しなければ……!)
バッカスがニヤリと笑う。
「言ったのはお前だろ。規格化するなら徹底的にやりましょうって。ほら、さっさと手を動かせよ、ゼノス」
「師匠のせいでもあるでしょうが……!」
ゼノスはブツブツ文句を言いながらも、丁寧に刻印を刻み始める。精密作業が得意な彼にとって、大量の規格品刻印は正直地獄だった。
一方、作業台の反対側では穏やかな空気が流れていた。
「カイト様、アーンですわ!」
「えへへー、美味しい!」
カイトがセシリアに差し出された焼き菓子を嬉しそうに食べ、目を細めている。セシリアは幸せそうに微笑みながら、次の一切れをフォークに刺した。
「おい坊主、いい加減あっちで食いやがれ」
バッカスが苛立った声で言った。
「だって、そうしたら魔力流せないじゃない」
カイトは口の周りにクリームをつけたまま、悪びれもせず答える。
この地下工房は、普段はアンナが美容液の抽出などに使っている作業場だ。照明はオイルランタンだけなので、刻印作業を行うには明るさが足りない。
そこで今日は大型の魔力灯を持ち込み、カイトが魔力を流し続けることで工房全体を照らしていた。
つまり、カイトが席を立てば、一瞬で真っ暗になる。
カイトは満足そうに焼き菓子を飲み込んだ。
口の周りにクリームをつけたまま、手元の植物紙に羽ペンで数字を書き込んでいく。
「おじちゃんたち、ボク、昨日と今日の加工した分の『お値段』を計算したよ!」
「あぁ? 値段だ?」
「……工賃、金貨七十五枚で内務局に請求書出しとくね!」
「ぶっ……! 坊主、お前それは取りすぎじゃねえか!?」
「だって、この後の組み立てもあるし、国は『物』じゃなくてボクたちの技術ごと買うんだよ? これでも安い方だよ〜」
と、クリームをつけた口でニヤッと笑った……。
「……チッ。ったく、お前はどこまでいっても現場監督(親方)だな」
バッカスが毒づきながら肩を回し、首を鳴らすのを見届けると、カイトは
口の周りにクリームをつけたまま、セシリアの手を引いて地下室の階段を駆け上がっていた。
「おい、坊主!真っ暗になっちまったじゃねえか!」
「もう、今日は休んでて〜!」
向かった先は別邸の応接室。
そこでは、内務局から「魔力インフラ整備室・特命室長」という大層な役職を押し付けられ、臨時の決済権を持たされたエドが書類と格闘していた。
バタン! と扉が開く。
「エドお兄ちゃん、特命室長おめでとうー!」
「うわっ!? カ、カイト様!今度は何を買わせるつもりですか!」
飛び込んできたカイトが、エドの机の上にパサッと植物紙を置いた。
「はい、これ『発魔機と規格ランタンの組み立て・加工費』の請求書ね! 正規な金額で計算しといたよ」
エドは請求書の「総合計」の欄を見て、目を丸くして立ち上がった。
「き、規格ランタンの刻印費と組み立て費で金貨七十五枚!?」
エドの悲鳴に、カイトは不思議そうにキョトンと首を傾げた。
「あのね、これでもちゃんとしたお金なんだよ? だって、あの細かい刻印、全部手作業だよ?ゼノスおじちゃん、昨日も夜遅くまでルーペ見ながら刻印してたでしょ?」
「そ、それはそうだけど……」
「安く買い叩いたら、頑張ってる職人さんが困るもん。それに、今回は発魔機の組み立てと、ランタンの魔石を三百個分も彫るんだよ?」
カイトの言葉に、エドは言葉を失った。
発魔機に使う魔石こそ国の予算で用意されたものだが、それ以外はすべてバッカスとゼノスの手作業である。さらに、ランタンが焼き切れないよう『連環』の刻印を一つ一つ施し、それを三百個分。王国屈指の魔導具師と刻印師だからこそできる仕事だった。
「一つでも失敗したらランタンがドカーンしちゃうから、すごく大事なお仕事なんだよ。技術にはちゃんとお金を払ってあげないと、良いものは作れないよ」
カイトは至極真っ当な「現場監督としての正論」を口にした。
エドはぐうの音も出なかった。
確かに、彼らの超一級の技術と費やした時間を考えれば、この金額は決して「ぼったくり」ではない。むしろ適正価格だ。払うのが筋である。
――だが、適正価格だからこそ、予算を握る役人としては胃が痛いのだ。
「室長さんなんだから、お願いね!」
カイトの純粋な笑顔を前に、エドは震える手で『特命室長』の決裁印を持ち上げた。
「う、うぅ……! 職人さんのためですもんね……! 払います! 払わせていただきますとも……っ!!」
エドは半泣きになりながら、ギチギチと音を立ててハンコを請求書に押し付けた。
「よーし、毎度あり! じゃあエドお兄ちゃん、そのまま『街灯柱の工事』も進めといてね!請求しただけだから、仕事は別だよ!」
「まだ僕の仕事が増えるんですかぁっ!?」
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