第82話 魔力インフラ整備室
「それは第二工区へ回してください!」
「おう、分かったぜ」」
「お疲れ様です 監督さん、新しいギアの歯の部分の図面と現物の、確認をお願いします!」
「うんうん」
「おいエド! 次の木材の納入はいつだ!」
「今日の午後には入ってきます」
かつて内務局の隅でオドオドと書類整理をしていた気弱な青年の面影は、そこにはない。
荒くれ者の職人たちを堂々と束ね、現場の熱気の中心で躍動する『有能な現場責任者』の顔だった。
「エド!!」
ゼイブ伯爵の鋭い声に、エドがビクッと肩を揺らして振り返る。
黒塗りの馬車と、青ざめた上司たちの姿を認めた瞬間、エドの顔に一瞬だけかつての怯えがよぎった。
だが――彼は手元のバインダーを強く握りしめると、真っ直ぐに伯爵の元へ歩み寄った。
「ゼ、ゼイブ伯爵閣下! 忌引き明けの激務の中、わざわざ視察にお越しいただき恐悦至極に存じます!」
「エド!説明しろ! 金貨二百四十枚もの大金で無属性魔石を二十四個も買い込み、百三十人もの人夫を集めて、ここで一体何をやっているのだ!」
伯爵の怒りに満ちた詰問。
横では、エミールとホフマンが「そうだそうだ、勝手な真似をしおって!」と便乗して睨みつけている。
しかし、エドは一切動じることなく、淀みない口調で答えを返した。
「はっ! 購入した二級無属性魔石につきましては、現在あちらで建造中の船形水車で運用試験を行う予定です。三級魔石との性能差を比較し、長距離送魔に有効な魔力圧がかかるかどうかを検証いたします!」
「なっ……船形水車? 魔力圧……?」
聞き慣れない用語の連発に、ゼイブ伯爵が目を丸くする。
「さらに、百三十名の人員と大量の資材は、その船形水車を黒竜川の本流に係留するための護岸設備と、送魔線の仮設工事に不可欠なものです。これらが無ければ、国王陛下がご期待されている『光の道計画』の実証実験は到底間に合いません!」
「そ、そうか……国王陛下の……」
エドが理路整然と説明していくのを聞き、ゼイブ伯爵は圧倒され、完全に毒気を抜かれていた。
その横で、焦ったエミール部長が声を荒らげる。
「だ、だとしてもだ! なぜお前が『泥靴村』などに出張する必要があったのだ! そこで遊んでいたのではないだろうな!」
その見苦しい言いがかりを遮るように、トテトテと小さな足音が近づいてきた。
「あーっ! エドお兄ちゃんの上司の人たちだね!」
黄色いヘルメットを被ったカイトが無邪気な笑顔で現れると、ゼイブ伯爵の足元を見上げて元気よく言った。
「エドお兄ちゃんが泥靴村に来たのはね、今回の魔石に使う『特別な刻印』が、泥靴村にいる魔導師にしか彫れないからなんだよ! エドお兄ちゃん、ちゃんと分かってるからすごいんだ!」
「君は……フェルメール子爵家のご嫡男か?」
「うん! カイトだよ! あのね、エドお兄ちゃん、すっごくお仕事できるんだ! ぼくたちが必要なものを言うと、すぐにわかってお話し通じるし、材料もパパッと集めてくれるの!」
カイトはわざとらしく小首を傾げ、トドメの一撃を放った。
「だけど、かわいそうなんだよ。馬車を借りようとしたら、車輪が一つ無いものを貸し出されそうになったり、作業場所が必要って言ったらあのボロボロの資材置き場しか貸してもらえずに、仕方がないから、みんなで掃除して使えるようにしたんだよ。だから、もしエドお兄ちゃんがやーらないって拗ねちゃったら……王様がやろうって言ってた『光の道』の工事、止まってたかもしれないなぁ!」
「――ッ!!」
ゼイブ伯爵の背筋に、ゾクリと冷たい汗が流れた。
目の前の天才児が放った無邪気な一言。それは、「内務局がエドを潰せば、国王肝いりの国家事業まで止まる」という、あまりにも重い現実を突きつけるものだった。
「ほ、ほう……流石は我々が見込んで現場を任せたエドだ! よくやったぞ!」
エミールとホフマンが慌てて手のひらを返し、手柄を横取りしようと身を乗り出す。
しかし、ゼイブ伯爵はゆっくりと振り返り、二人の部下を氷のような目で見下ろした。
「……貴様ら。『魔力圧』の仕組みについて、一つでも知っているのか?」
「えっ? そ、それは……」
「何も知らぬまま、この過酷な現場を彼一人に押し付けていたのだな。恥を知れ!」
ゼイブ伯爵の静かな一喝に、二人の顔からサーッと血の気が引いた。
「エド。よくぞ内務局の面目を保ち、これほどの現場を回してくれた」
ゼイブ伯爵は、泥まみれのエドの肩をガシッと力強く掴んだ。
「本日付で、君を『魔力インフラ整備室』の特命室長に任命する。この事業に関する予算と人員の決裁権は、全て君に一任しよう。……思う存分、フェルメール家の皆と共にこの国を照らしてくれ!」
「え?ほ、本当ですか!? 」
役職の名前は聞き慣れなかった。だが、「予算と人員は好きに使え」と言われた瞬間、エドの表情は一気に輝く。
「ありがとうございます、閣下!」
「やったね、エドお兄ちゃん!」
二人の歓声が天幕いっぱいに響き渡った。
一方で、青ざめてへたり込むエミールとホフマンに、バッカスがスコップを二本を突き出しながらニヤァと笑った。
「おう、アンタら。エドに『お前が自分で考えろ』って言ったんだってな? だったら次はアンタらの番だ。そこの水路の泥かき、終わるまで帰さねぇからな」
皆さま、申し訳ありません。
本来は土日に三話投稿する予定だったのですが、100万PV突破が嬉しくて急遽投稿数を五話に増やした際、予約投稿の設定を変更したことで、土日の三話投稿分の予約を入れ忘れてしまいました。
楽しみに待ってくださっていた皆さまには、ご迷惑をおかけしてしまい、本当に申し訳ありません。
今後はこのようなミスがないよう、予約投稿の確認を徹底してまいります。
これからも『物理で殴る幼児転生』をよろしくお願いいたします。




