第81話 内務局という職場
ゼイブ伯爵は、父の葬儀を終え、数週間ぶりに王宮へ登城していた。
国王への帰還の報告と不在の詫びを申し上げるため、謁見の間に通された彼を、国王レオニードは満面の笑みで迎えた。
「おお、ゼイブよ。戻ったか。父君のことは残念であったな」
「はっ。お心遣い、痛み入ります。葬儀も滞りなく終え、本日より職務に復帰いたしました」
「そうだな、内務局はこれから忙しくなるであろうから、覚悟して戻ることだ」
「……覚悟、でございますか?」
ゼイブ伯爵が首をかしげると、国王は愉快そうに笑った。
「うむ! 先の評議会で軍務局から提案された『光の道計画』が内務局の管轄へ移されたのだ。其方がおらぬ間の内務局は、その対応に追われている頃ではないかと思ってな」
「光の道計画……でございますか?」
「知らぬのも無理はない。忌引き中であったからな」
「申し訳ありません」
「良い、気にするな。ただ、先の評議会では久しぶりに面白いものを見た。六歳の子供が提案した案なのだが、予算を食い潰すだけだった国家の公共事業を、各領地の『受益者負担』によって利益を生む事業へと変えてしまったのだ」
「はぁ…六歳の子供がですか?」
「それだけではない。先日、ハルバードの奴がベルノーとフェルメール子爵を連れて余の元へ直訴に来てな。あの『発魔機』とやらを国が買い上げ、今後の製造場所としてフェルメール領の泥靴村を、国家の重要製造拠点として国費で護衛・整備する案を持ってきたのだ。どうやら、これもその六歳の子供の入れ知恵らしい」
「なっ……一介の村を、国家の製造拠点に、でございますか!?」
「うむ。余はこれを大いに気に入った。国が技術を買い上げ、製造元には利益を与え、その代わりに国家が責任を持って守る。技術は国外へ流れず、製造も安定する。これほど王国に都合のよい仕組みはあるまい。そこでだ、ゼイブよ」
国王はニヤリと笑い、一歩前に出た。
「この巨大な事業を管理するため、内務局の中に新たに『魔力インフラ整備室』を立ち上げるよう、其方が不在の間に副局長たちへ命じておいたのだ」
「ま、魔力インフラ整備室……!?」
「そうだ。其方がおらぬ間に、すでに内務局内で動き出しておるはずだ。局長として、その整備室の進捗と、今後の『光の道』の計画について、近日中に詳細な見解を報告せよ」
「は、ははっ! かしこまりましてございます……!」
笑顔でとんでもないプレッシャーをかけられ、ゼイブ伯爵は冷や汗を滝のように流しながら王室を後にした。
(光の道計画!? 六歳の子供!? 利益を生む公共事業!? 一体、私がいない間に何が起きているのだ!?)
ゼイブ伯爵は文字通り飛ぶような勢いで内務局の局長室へと戻り、自身の机の上に山積みになっている書類の束を血眼で漁り始めた。
そして、他の書類の山から押し退けられるように置かれた、真新しい木箱を見つける。そこには急ごしらえの札で『魔力インフラ整備室・決裁箱』と書かれていた。
そして、その中の『決裁書』を見つけ、目玉を飛び出させた。
「エミール! ホフマン!!」
ゼイブ伯爵の怒鳴り声に、エミール部長とホフマン副部長が慌てて局長室へと飛び込んできた。
「こ、これはどういうことだ! 陛下より命じられたという『魔力インフラ整備室』! なぜ所属人員が、配属されたばかりの新人エド一人になっているのだ! おまけに、なんだこの箱の中身は!」
ゼイブ伯爵は血走った目で決裁書を何度も叩いた。
「ここに書かれている『金貨二百四十枚』。無属性魔石を二十四個も購入しただと!? 一体何に使った!」
「え、ええと…、そ、それは現場判断でして……」
「では百三十人もの人夫は何をしている!」
「え、ええと…、そう、エドが適材適所に配置していると報告を受けております」
「泥靴村への出張は何だ! なぜ北の沼地へ行った!」
「そ、それにつきましても、現場で必要な調査があると……」
ゼイブ伯爵は眉をひそめた。
「つまり、お前たち何も知らんのだな?」
エミールとホフマンは一瞬顔を見合わせた。
「……お、お言葉ですが局長。我々も、陛下の命によるこの事業を軽んじているわけではございません」
エミールは一度咳払いをすると、強引に胸を張った。
「むしろ逆です。当初からこれからの内務局を担う若手であるエドを専任とし、大きな裁量を与えて経験を積ませておりました。そこに王命が下ったため、そのまま彼を整備室の専任としたのです。我々が現場へ細かく口を出すより、自ら考え、自ら動かせる人材を育てるべきだと判断いたしました」
「よって局長がご不在の中、我々が日常業務を放り出してまで現場へ向かうわけにもいかず、彼の自主性を尊重して『待ってやっている』状況なのです」
「…………は?」
ゼイブ伯爵は絶句した。
つまりこいつらは、国王が直接期待を寄せるほどの国家の重要事業を、下っ端のエド一人に丸投げし――あまつさえそれを「若手の育成」「自主性の尊重」という綺麗な言葉で取り繕い、無属性魔石の用途も、百三十人の使い道も、泥靴村への出張の理由も、一切把握していないというのだ。
「……お前たち。エドがどこで、百三十人の人夫と金貨数百枚を使って何をしているか、本当のところは何も知らないのだな?」
「そ、それは……彼が事後報告の形式を執っているからでして……」
「たしか、王都の南の十キロ先にある、古い資材置き場を拠点にしているとは聞いておりますが……」
現場任せにもほどがある管理ぶりに、ゼイブ伯爵は目の前が真っ暗になるのを感じた。
(……この役立たずどもめ! 自分が何をしているかも分からず、ただ机に座って現場の若手に責任を押し付けているだけではないか!)
ゼイブ伯爵は怒りのあまり、決裁書を握りつぶしそうになるのを必死に堪え、冷たく言い放った。
「……良いだろう。君たちがそこまで見守った『若手の経験』とやらを、この目で確かめに行こう。馬車を用意しろ。今すぐ行く!」
***
王都から南に伸びる街道を進んだ先で、黒塗りで上品な装飾の施された大型馬車が進んできた。
それは、泥と埃にまみれた河川敷には不釣り合いな、内務局の高官専用馬車だった。
「……着きましたぞ、局長。しかしここは……本当にただの古びた資材置き場で――」
馬車の扉を開け、先に降り立ったエミール部長の言葉が、途中でピタリと止まった。
それに続いて降りたゼイブ伯爵もまた、目の前の光景に息を呑み、完全に硬直していた。
「な、なんだこれは……ッ!?」
そこは「ただの資材置き場」ではなかった。
資材置き場の手前、およそ五百メルほど離れた黒竜川のほとりでは、百人を超える男たちが巨大な『船の骨組み』を組み上げている。
その脇には簡易の柱が何本も立ち並び、鉄線が真っ直ぐ張られていた。柱から柱へと渡された送魔線の先では、魔道ランタンが昼間にもかかわらず光を放っている。
その送魔線を辿って視線を奥へ向けると、黒竜川の河川敷には新たな水路が掘られ、大きな水車が勢いよく回っていた。
さらに、その傍らにある資材置き場も様変わりしていた。建物の中には簡易の鍛冶場が設けられ、職人たちが帯鉄や大釘、クサビを打ち続けている。外では大工たちが輪板や羽板を削り出し、次々と荷車へ積み込んでいた。
その規模は、地方の大規模治水工事にも匹敵する光景だった。
「お、おい! あそこを見ろ! あれはエドじゃないか!?」
ホフマン副部長が震える指で指差した先。
そこには、荷馬車から運び込まれる資材を確認し、職人たちへ矢継ぎ早に指示を飛ばすエドの姿があった。
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