第77話 国家レベルの巨大商談
「じゃあ、なんで泥靴村で守ろうとするの?王都のが安全なんだよね?
……なんで、ボクたちが泥靴村に戻らなきゃならないの?」
カイトが少し不満げに口を尖らせると、ベルノー子爵の表情が即座に険しく変わった。先ほどまでの、状況を俯瞰する冷静な政治家の顔ではない。
「カイト。泥靴村が怖いのか?」
「うん……だって、お城と違って、何にもない村だもん。そこに他の国が欲しがるような大事な装置を持っていくなんて怖いよ。もし、悪い人たちが村の人を傷つけたり、村を壊してでも持って行こうとしたらどうなるの?」
カイトが不安そうに「怖い」と口にした瞬間、ベルノー子爵がバンッ!とテーブルを叩いた。
「ハルバード伯、これは話が違うのではないか!」
「……え?」
「カイトが嫌がっているのだ! それに、泥靴村という環境が孫の身を危険に晒すというのなら、そんな計画、このベルノーが断じて認めん! 陛下には、この計画の再考を求める!」
「待て、ジル! これは陛下の――」
「陛下だろうが何だろうが知ったことか! 私の可愛いカイトが『怖い』と言っているのだぞ! 警備が甘い? 設備が足りない? そんな場所に、なぜ大切な孫を戻さねばならんのだ!」
ベルノー子爵の目には、既に怒りの炎が宿っていた。カイトが「怖い」と言った瞬間に「孫を危険から遠ざけるための計画」へ強制転換された。
「泥靴村には最低でも、我がベルノー家の精鋭を二百名を追加で送り込む!そして、ワシも行くぞ!!」
「ジル、落ち着け!一旦落ち着くんだ!!」
ハルバード伯爵は、慌ててジルの肩を掴んだ。
冷静沈着な政治家が突如「孫バカ」と化し、国境警備級の私兵を動かそうと吠える。その異様な光景に、バッカスとゼノスは引きつった顔で固まっていた。
アルベルトは心臓が跳ね上がるのを感じ、思わず椅子から腰を浮かした。
(……まずい、まずいぞ!お義父様の暴走が始まってしまった。エレナ、この暴走を一体どうやって止めればいいんだ!!)
アルベルトが頭を抱えかけた、その時だった。カイトの言葉が響き、張り詰めた空気が一変した。
「待って!……違うの。爺ちゃん」
カイトはベルノー子爵の袖をそっと引っ張り、不安そうな表情を作った。
「ボクは、機械を作るのは大好きだよ。泥靴村のことも、村の人も大好き。……だからこそ、ちゃんと『守り』が欲しいだけなの。お城みたいに、すごーいかべとか、強ーいお家を作ってくれるなら、ボクは泥靴村でも頑張れるよ」
カイトの言葉に、ベルノー子爵の怒りがふっと和らぐ。
「……カイト。お前、自分のためにではなく、村民を守るために、そこまで考えておったのか……!」
ベルノー子爵は涙ぐみ、ハルバード伯をキッと睨みつけた。
「ハルバード! 聞いたか! なんという健気な孫だ! 陛下の予算など待っておれん。我がベルノー家の全財産を投じてでも、カイトが安全に研究できる最高かつ最強の要塞を作ってやる! 」
「いや、ベルノー。落ち着け。陛下の手前、そんな派手な真似は――」
「黙れ! 孫の安全は、王国の防衛よりも優先されるのだ!」
(……おい、爺さんや、流石に子爵家ひとつじゃ無理じゃろうよ。その金を国から出させないと『やりたい放題』できんじゃないか!)
「爺ちゃんがそんなことをしたら、国の人たちは『何で勝手にそんな立派な要塞を作ったんだ』って怒るかもしれないよね。国のお仕事なんだから、国にちゃんとお金を出させないと!」
「……え?」
ベルノー子爵が、怒りのあまり熱くなっていた頭を、きょとんとさせた。
「泥靴村には国のお仕事で大事な機械を作るんだから、『安全に仕事をするために必要です』ってお願いしたらいいんじゃないかな?」
カイトの至極もっともな提案に、ベルノー子爵の怒りの炎が、不思議と「孫の賢明さ」へと変わっていく。
「……なるほど。確かにその通りだ。私の可愛いカイトは、政治の駆け引きまで完璧だということか……!」
ハルバード伯爵も、思わず呆れと納得が入り混じった笑みをこぼした。
「ベルノー、お前の孫は、恐ろしい子供だな。……確かに、私個人の財産を突っ込むより、陛下の裏予算で『国家の聖域』を築く方が、カイトにとっても我々にとっても好都合だ」
「……うむ。カイト、お前の言う通りだ。私が陛下に直訴して、泥靴村を国家レベルの要塞に作り変える予算を引き出してやろう。カイトが安心して研究できる、最高の環境をな!」
「でも、それだと爺ちゃんがお願いするだけになっちゃうよね?」
ベルノー子爵が目を瞬かせる。
「お願い?」
「うん。国に守ってもらうなら、ぼくたちも国の役に立たないと。だから発魔機を作ったら、王様に買ってもらえばいいんだよ」
カイトの何気ない言葉に、ベルノー子爵とハルバード伯爵が揃って顔を見合わせる。カイトは首をかしげ、いたって当然のことを言うように続けた。
「国がぼくたちから機械を買えば、その機械は国のものになるよね? だから、ぼくたちも一生懸命作るし、国だって堂々と予算を使える。ぼくたちの村も豊かになるし、国も強くなる。……これって、ぼくにとっても、国にとっても、みんながハッピーだよね?」
無邪気な笑顔で言い放たれたその言葉に、部屋の隅に控えていたバッカスとゼノスはピシッと石のように固まった。
それは単なる商売の提案ではない。
「……聞いたか。カイトは装置を国へ売ることで、製造と整備をフェルメール家が担う仕組みを作ろうとしておる。国家予算を継続的に引き出す形にな」
ハルバードの低い声に、アルベルトも息子の言葉の重みを改めて思い知った。
ただの「売る」という言葉に、製造ラインの構築、契約形態の変更、そして「国家プロジェクト」というお墨付き……すべての経営判断が詰まっている。
アルベルトは冷や汗を拭いながら、フェルメール家当主として震え声で支持を表明した。
「……確かに。装置を国の管理下に置くことは、すなわち国を挙げての製造業としてフェルメール領が組み込まれることを意味します。すでに実証実験も成功し、あちらはもう後戻りできない。方針としては完璧です。ですが……どうか、やりすぎは厳禁でお願いします、お義父様、閣下!」
そして六歳の息子に向けて、悲痛な声ですがりつく。
「それにカイト。その無邪気な顔で陛下の身ぐるみまで剥がそうとしないでくれ。あとで『フェルメール家は国を乗っ取る気か』と首を刎ねられるのは、他でもないこの私なんだぞ……っ!」
本気で命の危機と胃痛を感じている父親の叫びに、ベルノー子爵は豪快な笑い声を上げてバンッと机を叩いた。
「ハッハッハ! 何を弱気なことを言っておるアルベルト! 「必要なものを、必要なだけ国から引き出すのが貴族の務めだろう!」
「そうだぞ、フェルメール新子爵。あちらはすでに、発魔機なしのインフラ計画など考えられない状況。首が飛ばないギリギリのラインを見極めて、言い値で飲ませてやろうではないか」
「まずは発魔機だ。国が正式に採用し、カイトたちが製造と整備を担う形にする! そして、もう一つだ! 泥靴村は、国家の重要技術を扱う場所になる。ならば、それに見合った防備が必要だ!その費用は国に負担してもらう。発魔機を国が必要とするなら、作る場所の安全も国が整えるべきだからな!」
ベルノー子爵の孫バカという推進力、ハルバード伯爵の政治力、そしてカイトのシビアな経営感覚。この三つが噛み合い、泥靴村が、王国の心臓部へと躍り出るための「国家レベルの巨大商談」が動き始めた。
(……フフッ。守れと言われても、国が全員を守ってくれるわけではない。なら、守れる仕組みを作るまでじゃ。発魔機は王国に必要。ならそれを作れる泥靴村も必要。その二つを繋げれば、国だって無視はできんじゃろ)
守られる側ではなく、守られる理由を作る。それがカイトの結論だった。
(さて……どこまで認めさせられるかのう)
カイトは内心でほくそ笑みながら、この商談をどう運ぶか頭の中で組み立て始めた。
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