第75話 帰らせて…!王族包囲網!
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ルシアン王子との面会を終えた翌日。王城の大広間では、アルベルトの陞爵を祝う叙任式の準備が着々と進められていた。
だが、その華やかな喧騒から遠く離れた国王の執務室には、重苦しい緊張感が漂っていた。
集められたのは、アルベルトが所属する派閥の長であるハルバード伯爵、そしてナンバーツーのベルノー子爵の二人。
玉座の後ろで腕を組む国王レオニードが、低い声で切り出した。
「――二人に集まってもらったのは他でもない。例の『魔力発生装置』の件だ。評議会であれだけのものを見せたのだ、情報が外に漏れるのは時間の問題だろう」
国王の鋭い視線が二人を射抜く。
「ドミナリア連邦の狂信者どもや、北の帝国が、あの技術の根幹を握る者を狙わぬ保証はない。バッカス、ゼノス、そしてフェルメールの嫡男カイト。この三人の身の安全は、我が国の生命線だ。即座に最高の護衛を配備せねばならん。今は王都にいるから目も届く。だが、それぞれが現場へ戻れば、護衛の目はどうしても薄くなる。その時こそ奴らの好機だ」
ハルバード伯爵が、厳格な顔のまま一歩前に出る。
「陛下のご懸念はもっともにございます。……しかし、急に王宮から見慣れぬ近衛や手練れをフェルメール領へ送り込めば、かえって周囲の耳目を集め、敵に『ここに重要人物がいる』と教えるようなもの。
それに、あの偏屈なバッカスや、年齢に似合わぬ洞察力を持つカイトが、素性の知れぬ者を近くに置くとは思えませんな」
「ふむ……」
国王が顎をさする。そこへ、ベルノー子爵がふっと笑みを漏らした。
「陛下。実は、すでにあの泥靴村には『それ相応の者たち』が紛れ込んでおります。我が家からは、元隠密のチャドの他三名を。そしてハルバード伯爵家からも、実力確かな騎士レオンハルトを含めた四名を。計八名の精鋭を、表向きは粗朶道開発の警備や工兵の講師として当初、半年の約束で派遣しておりましたが……」
ベルノー子爵の言葉に、国王レオニードは満足げにニヤリと口角を上げた。
「計八名か。……良い配置だ。ならばちょうど良い。貴公らの名で出しているその『約束』は白紙としよう。余の名において、無期限の極秘護衛任務へ切り替える。国からの裏予算も密かにつける」
国王は玉座の手すりを軽く叩き、力強く命じた。
「彼らには、これまで通り『工兵の講師と警備兵』という皮を被らせたまま任務を続けさせよ。正体を悟られることなく、カイトたちから片時も目を離すな」
「御意に」
ハルバード伯爵とベルノー子爵が深く頭を下げる。
こうして、泥靴村で泥まみれになりながら「安全第一」を叩き込まれていた八人の男たちは、本人たちも知らないうちに国王直属の極秘護衛部隊となった。
***
翌日。
正式な陞爵儀式が謁見の間で行われ、ガチガチになったアルベルトが近衛騎士や、証人となるケッセルベルク公爵、ハルバード伯爵、オデール伯爵、ベルノー子爵が列席する前で、国王に跪いて宣誓し、授与を受けた。
玉座の間を退出したアルベルトの視線の先で、エレナとカイトが控えの間で待っていた。エレナは淡い青のドレスに銀の刺繍を輝かせ、緊張と誇らしさが入り混じった笑顔を浮かべている。
カイトもまた、リーザの手によってクリーン魔法で泥汚れを完璧に落とし、元のサイズへと戻されたフリル付きの正装に身を包んでいた。
大広間の手前。アルベルトは元のサイズに戻ったカイトの衣装を見て、少し不安げに眉を寄せた。
「エレナ、カイトのフリルは、そのサイズに戻してしまったのか? あれは不敬に当たらない立派な正装に仕上がっていたというのに……」
隣では、エレナが微笑んでいる。
「ええ、到着してすぐに魔法で泥汚れは綺麗にしましたから。やっぱり、このくらいが一番カイトに似合いますわ」
(親父、アンタあのフリル地獄を本気で『立派な正装』だと思っとったんか……!)
カイトが内心で激しくツッコミを入れていると、大広間の扉が開き、王の側近が新子爵夫妻の到着を高らかに宣言した。
広間へと足を踏み入れると、数百の貴族たちの視線が一斉に突き刺さる。
昨日の男爵に向ける目ではない。明らかな値踏みと、新たな利権を探るような視線の波に、アルベルトは顔を強張らせた。
「……エレナ、カイト。私から離れないでくれよ」
アルベルトは妻と息子を庇うように少しだけ前に立ち、緊張で震えそうになる足を踏みしめながら歩みを進める。
しかし、有象無象の貴族たちがフェルメール家に群がろうとした、まさにその時だった。
大広間が水を打ったように静まり返り、貴族たちは一斉に道を空けて深々と頭を下げた。
豪奢な衣装に身を包んだ国王夫妻が、ゆっくりと広間へ姿を現す。その後ろには、第一王女、第一王子ルシアン、第二王女アリシアの三人も続いていた。
アルベルトもエレナも慌てて頭を垂れ、カイトもそれに倣う。
国王夫妻が新子爵となったアルベルトへ祝いの言葉をかけ、しばし儀礼的な挨拶を交わしていると、その様子を見ていたルシアンはもう我慢できなくなった。
「カイトッ!! 工兵隊に新しい道具を教えたの?伯父様が喜んでたよ。それと今日は魔力発生装置が動いてるところ見せてくれるんだよね!?」
ルシアン王子が満面の笑みで駆け寄り、その後ろを、呆れ顔のアリシア第二王女がゆっくりと歩いてくる。
「ルシアン、大広間を走らないの。……ごきげんよう、カイト。今日は随分とすっきりしているのね」
アリシアは元のサイズに戻ったカイトの服へ視線を向けると、ふっと微笑んだ。
さらに、その二人の後ろから、一人の少女が歩み寄ってきた。
「あなたがカイト・フェルメールね」
艶やかな金髪を結い上げ、豪奢ながらも洗練されたドレスを身に纏った第一王女ヴィクトリアだった。十四歳とは思えない落ち着いた物腰でカイトへ微笑む。
「ルシアンは以前から、アリシアも一昨日お会いして以来、あなたの話ばかりしていますの。私も一度お目にかかりたいと思っていました。初めまして、第一王女ヴィクトリアです」
国王、王妃、第一王女、第二王女、そして第一王子。王族の全員が、たかが新興の子爵家、それも六歳の子供を囲むようにして親しげに言葉を交わしている。
(……おいおい、なんで王族ばかり寄って来るんじゃ。これじゃ帰れんじゃないか!)
「あら、カイト。もしかして少し緊張しているのかしら? そんなに畏まらなくていいのよ」
「いえ……。みんな、えらい人たちがいっぱい来てるから、ちょっとおどろいてしまいました」
カイトが最大限の敬語を使い、無難に返事をする。その言葉の裏では「帰らせてくれ」という願いが渦巻いているが、表情に出すわけにはいかない。
アルベルトの胃もすでに限界を突破していた。子爵としての威厳などどこかへ吹き飛び、カイトとは違う意味で「もう帰らせてほしい」と心から願っていた。
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