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第69話 通水実験と動かない大水車

そして、いよいよ最初の通水実験の時が来た。


内務局のエドや人夫たちが、資材置き場に転がっていた丸太を急ごしらえの柱として等間隔に打ち込み、そこにランタンを吊るしていた。


「仮設ラインの結線、終わりました! 百メル先の三十個目まで、すべて繋がっていまーす!」


百メル先のエドが大声で叫ぶ。


「よし! 水を入れるぞ! 一段目を外せ!」


プラタマの号令とともに、職人たちが分岐水路の入り口を塞いでいた土壁の一部と一枚目の板を取り払う。


ドォォン! という音と共に、黒竜川から引き込まれた水が勢いよく水路を走り、巨大な水車の羽根を激しく叩いた。


水はごうごうと音を立てて水車にぶつかり、白波を立てている。


――しかし。


ギギ……ギギギッ……。


巨大な水車は鈍い音を立ててわずかに動いただけで、ピタリと止まってしまった。川の水は絶え間なく羽根を押し続けているというのに、中心の軸は全く回ろうとしない。


「えっ? ま、回らない……?」

百メル先の柱のところから戻ってきたエドがポカンと口を開ける。


「おいおい、嘘だろ? これだけ水が当たってんのにビクともしねえのか?」


ダンが目を丸くして水車と水路を交互に見比べる中、バッカスは忌々しそうに舌打ちをした。


「……チッ。やはり、二十四個の魔石が生み出す『反発力』は化け物じみてるな。この程度の細い水路じゃ、回すトルクが全然足りねぇ」


「ああ。だが、ある意味『計画通り』だ」


プラタマが腕を組み、ニヤリと笑う。


「最初から本流をぶち込んでたら、水車ごと吹っ飛んでたかもしれないからな。……さて、ここからが本番だぞ」


「ああ。ぶっ壊れるギリギリの線まで、少しずつ水路を広げて水量を上げていくしかねぇ。……おい野郎ども! 落胆してる暇はねぇぞ! 次の板を外して水路の入り口を広げるんだ!」


バッカスの怒号が響く。


安全を取れば回らない。回すためには、黒竜川の激流を少しずつ招き入れ、限界を探り続けるしかない。


「おいお前ら、水門の『二段目』を外せ!」


ダンの指示で、人夫たちが滑車とロープを引き、堰を塞いでいた板をさらに引き抜く。


ドバァァァッ! と、先ほどよりも一段と太く、勢いを増した濁流が水路へと雪崩れ込んだ。


ギギ……ギギギギギ……ギギギ。


「よっしゃ、回ったぞ!魔力発生してるか!」


バッカスが身を乗り出して叫ぶ。


その声に応えるように、水車小屋に一番近い魔導ランタンが、パッと淡い光を放った。


「点きました! 第一ランタン、点灯!」


ゼノスが興奮気味に声を上げる。


生み出された魔力は鉄線を伝い、次々と隣のランタンへと連鎖していく。

二個、三個、四個……。薄暗い河川敷に、魔法の光が道を作っていく。


エドがランタンの列を見つめる中、光の連鎖は途中で急激に勢いを失った。五個、六個……そして、七個目のランタン。


チカッ……チカチカッ……。


エドは七個目のランタンの前で足を止め、息を呑んだ。


それは今にも消えそうな蛍のように弱々しく点滅を繰り返し、八個目以降のランタンは完全に沈黙したままだ。


「……止まりました! 七個目で魔力の『押し出し』が限界です!」


ゼノスが顔をしかめて報告する。


「チッ。ゆっくり回っちゃいるが、回転の『速さ』が足りねぇから魔力の圧が奥まで届かねぇんだ。これじゃあ三十個はおろか、王都になんて一生届かねぇぞ」


バッカスは点滅する七個目のランタンを睨みつけ、再び石工のダンへ向かって振り向いた。


「ダン! 最後の板を外せ! もっと激流を食わせるんだ!」

「おう! お前ら、全部引き抜けェッ!」


ダンの号令で、残っていた最後の板が完全に引き抜かれる。

その瞬間、黒竜川の牙が完全に解き放たれた。


ゴアァァッ!!


地鳴りのような轟音と共に、白く泡立つ本流の激流が一切の制限なく水路へなだれ込む。


巨大な水車が、今までの鈍い動きが嘘のように猛スピードで回転を始めた。


「す、凄い回転です! 魔力値、跳ね上がります!!」

ゼノスの絶叫と同時だった。


先ほどまで虫の息だった七個目のランタンがカッ! と光を放ち、そこから先の八、九、十……と、連なるランタンが一瞬にして点灯していく。


エドはランタンの列を追いかけるように駆け出した。

魔法の光は瞬く間に百メル先まで走り抜け、三十個すべてのランタンが、夕闇の河川敷を煌々と照らし出した。


「やった! 三十個目まで全部点いたぞぉぉぉっ!!」

遠くからエドの歓喜の声が響き渡る。


安価な鉄線でも、絶え間なく魔力を押し出し続ければインフラとして成立する。


カイトの非常識な理論が、この現実世界で見事に証明された瞬間だった。


しかし――職人たちが喜びに沸き返ったのは、ほんの一瞬のことだった。


ガガガガガッ、バキバキバキィィィッ!!


小屋の中で、すさまじい木の破壊音が轟いた。


拳ほどもある『木の歯』の破片がバラバラと小屋の内壁を叩きガンガンと音を立てた。


「なっ……!?」


中で空回りする軸がけたたましい音を立てて空転し始め、百メル先まで点灯していた三十個のランタンが、一斉にフッと光を失った。


「あ、あちゃー……」


小屋の中から出てきたプラタマが、煤けた顔で手の中の木片を見せた。それは、根元から無残にへし折れた巨大な木製ギアの歯だった。


「……ダメだこりゃ。ただの木の歯車じゃ、黒竜川のトルクと発魔機の抵抗に挟まれて、歯が全部へし折れちまった…」


「……へっ、笑えねぇな。だが、三十個目まで点いたんだ。歴史は確かに動いたぜ」


バッカスは額に手を当て、皮肉げに口角を上げた。

「次はどうする?」


「決まってんだろ。休んでる暇はねぇぞ!」


バッカスは待機していた鍛冶職人たちの方を振り返り、ニヤリと笑った。


「大至急、次のギアを作り直すぞ! 次は歯を『鉄』にするんだよ!」


本日もお読みいただき、ありがとうございました!

もし「面白い!」「続きの工事が気になる!」「ああ、成功かと思ったのに!」と思っていただけましたら、

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