第66話 刻印分業ライン再び
カイトに案内され、バッカスと未だ事態が飲み込めていないエドは、村の端にある粗朶道の最前線現場へとやってきていた。
時刻は午後一を回ったあたり。現場には、腹の底まで響くような激しい爆音が鳴り響いていた。
ダダダダダダッ!!
ダダダダダダッ!!
「おう、やってるな!」
バッカスが声を張り上げると、土煙の向こうで奇妙な機械を操っていた二人の若者が動きを止めた。彼らが両手で押さえ込んでいるのは、カイトが発案した魔導駆動の地面転圧機――通称『タンピングランマー』だ。
「あ、大師匠。王都から帰って来たんスね」
「コ、コクコクコクコクッ!」
ランマーの激しい振動で未だに全身を震わせながら、小柄な少女のメリダが挨拶をし、隣に立つ無口な青年・ウドが激しく首を縦に振った。
その様子を確認した案内役のカイトは、近くで工兵たちに指示を出していた現場責任者のロバートに向けて大きく手を振った。
「ロバートのおじちゃん、ちょっと二人を借りていくね!」
「あ、若様! そうですね、圧密はかなり先まで終わってるし、こっちの路面は明日に回せばいいか。OKです!」
土煙越しにロバートの快諾を得てから、バッカスは再び二人に視線を戻す。
「ってわけだ。今日はまたお前ら二人に、魔石に刻印を打ってもらおうと思ってな」
「えっ、アタシらにですか?」
メリダが目を丸くする。
「ああ。前と同じように『跳躍』の刻印を頼みたい。しかも今回は数と大物がいるんだ」
バッカスが事もなげにそう言った瞬間、後ろでずっとポカンとしていたエドが弾かれたように前に出た。
「ち、ちょっと待ってくださいバッカスさん!!」
「あぁん?」
「刻印を打つ天才職人って……僕とほとんど変わらない年齢じゃないですか! もっとこう、白髭を生やした年配の仙人みたいな方じゃないんですか!?」
エドは血相を変えてバッカスに詰め寄った。
無理もない。彼が王都中を駆け回り、胃に穴を開ける思いでかき集めてきた国家予算レベルの超高級品に彫刻刀を入れるのが、たった今ドカタ仕事をして泥まみれになっている、自分と同世代の若者二人だというのだ。
「こんな若い二人に、あんな高価な魔石を任せるなんて正気ですか!? もし失敗でもして割れでもしたら……僕の首が飛ぶどころじゃ済みませんよ!!」
悲鳴のようなエドの抗議に、バッカスは鼻で笑った。
「うるせぇな、お役人様はすぐ年齢だの肩書きだの気にしやがる。いいか、魔法陣の『極太の線』と『震え』に関しちゃ、王都のどんなジジイ職人を連れてきてもこの二人には敵わねぇんだよ。……よしお前ら、泥を落として俺の工房へ来い!」
「ああっ、ちょっと待ってください! 僕も見届けますから! ああっ、胃が……!」
結局、生きた心地がしないエドも青ざめた顔のまま、バッカスたちの後を追って工房へ向かうのだった。
***
場所は移り、フェルメール屋敷の隣。
かつて物置だった建物を改装した、バッカスの専用工房である。
バッカスはまず、棚から無属性の五級魔石と四級魔石をありったけ取り出し、ジャラッと乱暴に作業台へ置いた。続いてその作業台の上に、エドが震える手でトランクを広げる。
ビロードの布の上には、拳大の澄み切った二級魔石がずらりと二十四個並んでいた。
「うわぁ……すっごく大きな石っスね。これにも刻印打つんですか?」
メリダが呑気に覗き込む横で、一緒に魔石を覗き込んでいたカイトが「あっ」と声を上げた。
「わぁ、大きい! ……うーん、これだけ大きい魔石を使うなら、さっきの歯車じゃ割れちゃうかも。厚くしなきゃダメだね。それに、こんなに魔石の数を増やすなら、歯の数も変えないと……」
「なんだ?計算ミスか?」
「違うよ。前に考えてた大きさじゃ足りないと思っただけ。こんなの作るの初めてだから…」
「当たりめぇだ、こんなのやったことあるって言われたら年齢疑うぜ」
カイトはぶつぶつと呟きながらバッカスの部屋にあった羽ペンで、先ほどバッカスに見せたばかりの図面を広げ、その場でサラサラと歯車の寸法を書き直し始めた。
その異常な光景に、エドはギョッと目をひん剥いた。
「えっ、今この場で設計を変えてるの!? 魔石を見ただけで!?」
「うん。魔石がこんなに大きいと思わなかったから、それに合わせて直してるんだ。でも、実際に回してみないと分かんないよ」
「な、直すって……そんな暗算でパパッと変更できるような代物じゃ……!」
呆然とするエドをよそに、バッカスは「へっ」と皮肉げに鼻を鳴らした。
「諦めな。こいつの頭ん中じゃもう歯車が回り始めてんだ。俺たちが追いつく頃には、もう次のこと考えてるぜ」
そう言ってニヤリと悪魔のような笑みを浮かべると、バッカスは隣で直立不動になっているウドの肩をポンと叩いた。
「というわけだウド。あとはお前らの腕次第だな。今回お前らが刻印を打つのは、いつもより一回り大きいこの魔石ありったけと……この、一個金貨十枚を下らねぇ二級魔石だ。もし失敗して割ったら……一生タダ働きだからな?」
「(ブルブルブルブルブルブルブルッ!?)」
声すら出せないウドは一瞬で顔面を蒼白にさせ、極度のプレッシャーから、先ほどのランマー以上の激しさで全身をブルブルと震わせ始めた。
その様子を横で見ていたエドは、青ざめた顔でバッカスに歩み寄る。
「……バッカスさん。本当に、この人に任せて大丈夫なんですか? 魔石落としそうな位震えてるじゃないですか!」
エドの声は微かに震え、胃を抱えるようにしてうずくまりそうになる。だが、バッカスはそんなエドの心配を鼻で笑い飛ばした。
「エド。いいか、ウドの震えは『恐怖』じゃねぇ。限界を超えた集中力と、失敗できねぇという『職人の極限状態』が生み出す、最高のリズムなんだよ」
「(ブルブルブルブルブルブルブルッ!?)」
『絶対に違います!』と言わんばかりに、ウドの首が千切れるほどの勢いで真横に何度も振られていたが、バッカスはその様子を見てニヤリと笑った。
「よし、いい震えだ。すぐに準備しろ!」
かくして、バッカスの工房にてお馴染みの『分業ライン』が幕を開けた。
メリダが能天気に「点」を穿ち、ウドが震えが収まりかけるたびにバッカスから「金貨十枚な!」と脅されながら線を刻む。そうして魔石には、次々と見事な『跳躍』の刻印が彫り込まれていった。
その様子を横でうずうずしながら見ていたカイトが、目を輝かせて身を乗り出した。
「わぁ……! ねぇバッカスのおじちゃん、メリダお姉ちゃんの『点』を打つだけなら、ぼくの方が大きく出来るかも!」
カイトが純粋な好奇心からそう口にした瞬間、バッカスが血相を変えて怒鳴った。
「バカ、絶対にやめろ!! お前が目一杯魔力を込めて点なんか打ってみろ! 魔石を彫るどころか、逆に裏側まで突き抜けるわ!!」
「ええー、ぼくちゃんと手加減するのに……」
「お前の手加減ほど信用できねぇもんはねぇんだよ!」
カイトの規格外の魔力量を熟知しているバッカスの必死の制止に、横で見ていたエドはあまりの非常識の連続に胃を抑えてうずくまり、ウドとは全く別の理由で一人ブルブルと震え続けていた。
しかし、そんな外野のドタバタ劇をよそに。
若き職人たちの手によって、黒竜川をねじ伏せるための二十四個の二級魔石は、ただの一つも割れることなく見事に彫り上げられていったのだった。
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