第65話 ますます要塞と化した村
王都を出発し、エドとともに泥靴村へ向かったバッカス。フェルメールの宿場町を抜け、村の入り口へと辿り着いたのだが――。
目の前にそびえ立つ、真新しい関所の門構えを見上げ、バッカスは驚くどころか、深く深いため息をついて眉間を揉み解した。
「バッカスさん……ここが、あの『村』なんですか? どう見ても軍事要塞にしか見えないんですが……」
関所の前で馬車から降りたエドが、ポカンと口を開けて見上げている。
「うるせぇ! 俺がオデールに出掛けた三ヶ月前まではタダの空き地だったんだよ!」
バッカスは苛立たしげに頭をガシガシと掻き毟った。
「なんで村に帰ってきて早々、こんなにビビらなきゃならねぇんだ!」
「あ、バッカスさん。おかえりなさい」
一人で吠えるバッカスに、のんびりとした声が降ってきた。見れば、いかつい関所の内側から、工兵隊のジョージが歩いてくる。
「おう、ジョージか。坊主はどこにいる? それと、メリダとウドの二人は」
「監督なら、今は家にいると思いますよ。メリダとウドは現場です」
「そうか、サンキューな、こいつは内務局のエドっていう奴なんだ。通っていいか?」
バッカスが親指でエドを指差すと、ジョージは手元のバインダー(クリップボード)に目を落としながら、慣れた手つきでペンを構えた。
「バッカスさんは顔パス(無料)ですけど、そちらの方は初めてですよね? ええと、観光ですか? それとも公務?」
「えっ? あ、こ、公務です。王都の内務局の者ですが……」
エドが戸惑いながら内務局の身分証を示すと、ジョージはそれをしっかりと確認し、バインダーの用紙にサラサラと何かを書き込んだ。
「確認しました。お役人様の公務でしたら、村への通行料(入村税)は免除になります。ただ、規則で、入村記録へのサインと『荷物検査』が必要になりまして。馬車の中、確認させてもらってもいいですか?」
「に、荷物検査? 村に入るだけなのに?」
「ええ。最近は温泉目当ての観光客に紛れて、柄の悪い連中や、うちの技術を盗もうとするスパイみたいなのも増えてるんで。危険物の持ち込みは厳しくチェックさせてもらってます」
ジョージが爽やかな笑顔でそう言うと、関所の奥からバッカスの知らない工兵たちが数人現れ、エドの乗ってきた馬車の手荷物を調べ始めた。
「ん? なんだこの箱……じ、ジョージさん! これ、デカい魔石がゴロゴロ入ってますよ!?」
箱を開けた工兵が、目を丸くして声を上げた。
「この魔石は?」
「それはオレが持ってきたんだ。刻印だけここでやろうとしてたんだよ!」
「バッカスさんの仕事道具ですね。了解です!通行許可証(木札)を発行します!」
「はい、どうぞ。お帰りの際にこの木札を返却してくださいね。ようこそ、フェルメール領・泥靴村へ!」
ジョージから木札を手渡されたエドは、ポカンとしたままそれを受け取った。
「……バッカスさん。ここ、本当に村なんですよね? 門番の対応が、王都の第一関所よりしっかりしてるんですけど……」
「だから俺に聞くんじゃねぇって言ってんだろ! 早く馬車に乗れ!」
関所を抜けた馬車は、村の奥へと進んでいく。
真新しい建物や、活気ある村の様子にエドは馬車の中で終始目を白黒させていたが、バッカスはそれを無視して、真っ直ぐにカイトのいる屋敷へと向かった。
やがて馬車が屋敷の前に止まる。
バッカスが慣れた様子で玄関の扉を叩くと、中からメイドのリーザが顔を出した。
「あら、バッカスさん。お帰りなさいませ」
「おう、ただいま。坊主はいるか? ちょいと王都から客人を連れてきたんだ、呼んでくれ」
「かしこまりました。カイト様は自室でバッカスさん宛に手紙を書いてましたよ。今、呼んできます。どうぞ中へ」
そのままリビングに通され、しばらくすると、奥の廊下から慌ただしい足音が近づいてきた。
「バッカスのおじちゃん、おかえり! 思ったより早かったね!」
「早かったじゃねぇよ、こっちは王都でずっと待ってたんだぞ。って、お前また何か新しいもんでも企んでるのか? その紙束は何だ」
「えへへ、こっちは工事用の新しい道具の絵で、こっちは発魔機の歯車だよ」
カイトが差し出した紙束を見た瞬間、バッカスの目の色が変わった。
奪い取るようにしてその絵をひったくると、食い入るようにその中身を睨みつける。
「……おいおい、なんだこのバカげた歯車の組み合わせは」
「そこは仮だよ。まだ発魔機の大きさ分かんないから、とりあえず水車が一回、回ったら三十回くらいグルグル回るように描いてみただけ」
「仮で三十対一かよ……」
「うん」
「うん、じゃねぇ!それにこっちの図面は……セメントを混ぜるデカい樽に、こんべあ……?砂利を乗せて運ぶ仕掛けか? こっちは水を組み上げる筒で、こっちは石を砕く機械だと?」
バッカスは信じられないものを見るように、図面の機構とカイトの顔を交互に見比べた。
「……なるほどな」
そう呟いた声は、妙に楽しそうだった。
「この化け物みてぇな機械の数々を、あの黒竜川にブチ込む『発魔機』から引っ張ってきた魔力で回そうって腹か」
バッカスは図面を持った手をワナワナと震わせながら、カイトの頭を大きな手で乱暴に撫で回した。
「お前の頭は一体どうなってんだ! 魔力のないただの職人が、レバー一つでこんなデカブツを動かして山を削り、川をねじ伏せる……こりゃあ土木の歴史に革命が起きるぜ」
バッカスは豪快に笑った。
「王都でくだらねぇ役人仕事ばかりやらされてたが、わざわざボロ馬車に揺られて帰ってきた甲斐があったってもんだ!」
バッカスは図面を満足げにトントンと叩き、深く息を吐き出した。横で聞いていたエドは、何が起きているのか全く理解できず、ただ圧倒されて固まっている。
ひとしきり興奮を吐き出した後、バッカスはフッと少し意地の悪い、皮肉を孕んだ目つきに変わった。
「だがなぁ、坊主。こんだけ面白ぇ図面を描いておいて、お前、肝心の現場には来られるんだろうな?」
「え?……あう」
カイトの顔が泳いだ。
「軍務局からおっかないメイドに首根っこ掴まれて、引きずり戻されただろ? そう簡単にお前の母ちゃんが次の現場へ送り出すとは思えねえんだがな。まさか、革命の総監督が家庭内軟禁で『お留守番』なんてオチじゃねぇだろうな?」
「王都には行けるよ。父上が子爵になるから、家族全員で行くことになっちゃったけど」
「……待て待て待て。今なんつった? 子爵?」
「うん」
「おい坊主。俺が留守にしてる間に、いったい何があったんだ……」
この日、バッカスは関所で驚き、図面で驚き、最後は陞爵の話でとどめを刺されたのだった。
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