第64話 二十四個の無属性魔石
発魔機実演の熱気が冷めやらぬ中、バッカスはエドを手招きした。
「おい、エド。内務局に保管してある無属性魔石を持ってこい。できるだけ数があるやつだ」
「は、はい!」
エドは慌てて地下保管庫へ走っていった。
しばらくして戻ってくると、木箱の中には大小様々な無属性魔石が詰め込まれていた。バッカスはその中へ無造作に手を突っ込み、拳大の魔石を一つ掴み上げる。
「よし、これだ!エド、これと同じ無属性魔石が最低でも二十四個必要だ」
「に、二十四個ですか!?」
「ああ。自分でも発魔機を回してみたんだけどよ、魔石が少ねぇと出力が波打つんだ。デカい水車を回すなら、魔石も数が必要になる」
バッカスは手の中の魔石を軽く叩いた。
「それと大きさは揃えろ。砕けねぇとは思うが、魔力容量を超えりゃ破損するかもしれねぇ。小さい石を混ぜるのは危ねぇな」
「つまり……全部、この大きさで?」
「そうだ。最低でも拳大。二級魔石だな」
エドは思わず息を呑んだ。
二級魔石は一個で金貨十枚は下らない高級品である。それを二十四個。魔石だけで金貨二百四十枚になる計算だ。まだミスリル導線や水車本体の費用すら含まれていない。しかも、水車は壊れるのが前提だという話だった。
「……内務局の予算で足りますかね?」
「知らねぇよ。そこは役人のお前らの仕事だろ」
突き放されたエドは青ざめながらも、ふと冷静な事実を思い出した。
よく考えれば、内務局トップの伯爵は現在王都を留守にしている。さらに上の宰相も留守。つまり、今すぐ怒る人間は誰もいない。
この金貨二百四十枚というトンデモ予算の決裁書に今すぐ判子を押したところで、直接怒鳴り込んでくる恐ろしい上官は誰もいないのだ。
後で確実に胃に穴が空く事態になるだろうが……逆に言えば、無理やり通すなら今しかない。
ヤケクソ気味になったエドは「……分かりました、手配します!」と叫び、そのまま内務局の経理窓口へと決裁書を叩きつけた。
***
王都の一等地に店を構える、老舗の高級魔石商会。
磨き上げられたガラス窓の奥には、ビロードの布に鎮座する宝石や魔石が上品な光を放っている。入り口のドアの横には、身なりの整ったベテランの店員が背筋を伸ばして客待ちをしていた。
そこへ、ギシギシと悲鳴を上げる一台の馬車が止まった。
貴族の馬車とは程遠い、板がささくれたみすぼらしい乗り物である。
店員が店から出て、「納入業者なら裏口に回るよう注意すべきか」と眉をひそめた直後、その馬車から出てきたのは、疲労でヨレヨレになった、どう見ても社会人一年生程度の若い男だった。
「いらっしゃいませ。あの、お客様? こちらは高級魔石を扱う――」
「知ってるよ!二級の無属性魔石だ! あるだけ全部見せてくれ!」
息を切らして店内に飛び込んできた若い男の言葉に、店員は一瞬、呆気に取られた。
「……は? に、二級、ですか? お客様、二級の無属性魔石は最低でも一つ金貨十枚を下らない高級品でして。その、冷やかしでしたらお引き取りを……」
「冷やかしじゃない! 金ならあるんだ!!」
エドは血走った目で叫ぶと、内務局の紋章が焼印された革袋を、カウンターに『ドンッ!』と叩きつけた。
チャリン、と革袋の口から本物の金貨がこぼれ落ちた。
店員の表情が一変した。
「なっ……!?」
「内務局からの正式な買い付けだ! 今すぐ在庫にある二級の無属性魔石を全部見せてくれ! こっちは二十四個集めなきゃならないんだ、早くしないと僕の胃に穴が空くんだよ!」
ヤケクソになって怒鳴り散らす若き役人の異様な気迫と、カウンターを埋め尽くす金貨の重みに、店員の顔からスッと血の気が引いた。
「て、店長ッ!!」
数分後、店長が数個の魔石を載せた箱を抱えて現れた。エドは一つひとつ大きさを確認すると、代金の金貨を押し付け、箱ごと抱えて再びささくれた馬車へと乗り込んでいった。
それから二日間。エドは王都中の魔石商を駆け回り、拳大の二級無属性魔石をかき集めた。そしてようやく二十四個を揃えると、疲れ切った体を引きずって内務局へと帰還した。
「……バッカスさん、集めました。これで全部です」
エドが机の上にトランクを広げると、そこには、拳大の無属性魔石がずらりと並んでいた。
「おおっ、よくやったエド! 大きさも完璧じゃねぇか」
バッカスはギラギラとした目で魔石を一つ手に取り、満足げに頷いた。
そして、傍らで図面を引いていたゼノスを振り返る。
「おいゼノス、水車の設計はプラタマたちに任せろ。お前はすぐにミスリル導線を準備して、すぐ使えるように束ねておけ」
「了解です、師匠」
手際よく指示を飛ばしたバッカスは、再びエドへ向き直るとニヤリと笑った。
「よし、エド。お前はその魔石を持ったまま、俺と一緒に来い!」
「え? どこにですか?」
エドは目をぱちくりとさせた。
「泥靴村だよ。これから、この魔石に『跳躍』の刻印を打つんだ」
「えっ、ここでやらないんですか? 王都にも、優秀な魔導刻印の職人が何人か――」
「バカ言え、あんな繊細ぶった連中にこんな重要な作業が任せられるか」
バッカスは鼻で笑い、トランクの蓋をバンッと閉めた。
「今回彫る『跳躍』の刻印に関しちゃ、オレなんかより遥かに上手い奴がいるんだよ」
「バッカスさんより、すごい職人が……泥靴村に!?」
エドの目に尊敬の光が宿る。歴史に名を残すバッカスが、自分より上だと認めるほどの天才職人が泥靴村に居るという。きっと、超一流の職人に違いない。
「分かりました! すぐに出発しましょう!」
かくして、期待に胸を膨らませたエドと、企み顔のバッカスを乗せた馬車は、王都を出発し一路『泥靴村』へと向かった。
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