第61話 ババ抜きの馬車
バッカスはエドの背中を小突くようにして、馬車の方へ振り返った。
「ゼノス! 俺は今からこいつと軍の馬車で王都に戻って、マトモな大工を引っ張ってくる。お前はここで発魔機を見張ってろ!」
「えっ、私一人でですか? はい、分かりましたけど……いや師匠、見張ると言っても、こんな所に人が来るとは思えないんですが……」
「バカ野郎、万が一ってことがあるだろうが! いいか、盗人だろうが野犬だろうが、絶対にお宝(発魔機)には近づけるなよ!」
バッカスは、エドの腕を掴むようにして馬車に押し込み、自分もその後に続いた。
ガタガタと揺れる馬車の中で、バッカスは向かいの席で縮こまっているエドをジロジロと眺め、口を開いた。
「なぁ、俺も評議会でこの件が決まる時に、実演するって事でその会議に呼ばれてたんだけどよ。国の中でも、かなりデカイ案件だよな。なんで一年目の新人が来てるんだ? この件を担当してるやつはどうした?」
バッカスの真っ当な疑問に、エドは気まずそうに視線を落とした。
「いや、みんな今抱えてる仕事があるので……」
「おい、じゃあお前一人がこの件の担当者なのか?」
「……はい。実質、僕一人で」
バッカスは呆れたように大きなため息をつき、ガシガシと頭を掻いた。
どうやら目の前のひ弱そうな若者は、上層部から面倒な仕事を丸投げされただけの生け贄らしい。
そんな内務局の腐った内情や愚痴を聞きながら揺られているうちに、窓の外の景色は郊外の街道から王都の石畳の道路へと変わり、やがて王都の城壁が姿を現した。
軍の馬車は王都の門をくぐり、内務局や軍務局の庁舎が立ち並ぶ官庁街へと入っていく。
「なるほどな、大体の事情は分かったぜ。……で、エドって言ったよな。お前さん、大工と鍛冶屋と馬車の当てはあるか?」
バッカスの問いに、エドは深く頷いた。
「はい。大工は懇意にしている腕の立つ者の心当たりがあります。馬車についても、内務局の車両置き場に行けば手配できます。鍛冶屋はまだ伝がありませんが、図面さえあれば軍務局の工房で作ってもらえると思います」
「おっ、そりゃ助かるぜ。さすがは腐っても内務局だな。じゃあ馬車から借りようか」
バッカスはホッと胸を撫で下ろした。
何だかんだと言っても、国を動かす内務局だ。インフラ整備に使えるような大型で頑丈な馬車がいくつも常備されているのだろう。
軍の馬車を降り、二人は内務局の裏手にある広大な車両置き場へ向かった。
手前から順に、黒塗りで上品な装飾の施された大型馬車、資材運搬用の頑丈な荷馬車、人員輸送用の大型箱馬車、急使用の軽快な二輪馬車、手入れの行き届いた実用馬車がずらりと並んでいる。どれも状態が良く、バッカスは思わず目を丸くした。
「おおっ、内務局もいい馬車が揃ってるじゃねえか」
バッカスが馬車の値踏みしている横で、エドは管理窓口へと走り、何枚もの申請書を提出した。そこからさらに入口の衛兵詰所へ向かって持ち出し許可の確認印をもらい、貸出台帳に署名をし、今度は御者詰所へと駆け出していく。
「おい、エド、まだあるのかよ」
「馬車だけ借りても運転する人がいませんから」
「……ああ、なるほどな」
バッカスが呆れ半分で待っていると、やがて詰所の奥から鍵の束を鳴らしながら御者の男が出てきた。
「エドワードか。申請書は確認したぞ。第七保管場だ」
「はい、お願いします!」
「おう!馬車は借りられたのか?」
「はい、バッカスさん。こっちです」
エドはそういうと、そこにおいてある馬車を完全に無視して、置き場の奥へと歩いていく。バッカスが訝しげに後を追うと、エドはどん詰まりの角を左に曲がった。
そこにあったのは、表の立派な馬車とは打って変わって、ろくに手入れもされていない馬車ばかりが並ぶ場所だった。
木枠の板が雨風に晒されてささくれたもの、幌が継ぎ接ぎだらけの馬車。車輪の軸が傾いているものや、車輪そのものが一本欠けている馬車まであり、そんな代物が押し込められるように無造作に並べられていた。
「この中から好きなのを選んでいいそうです。四輪とも残ってるのがあって助かりました」
エドは底抜けに明るい声で言った。
バッカスは一瞬、エドが何を言っているのか分からなかった。
「……は?」
目の前の惨状と、エドの晴れやかな顔を交互に見比べる。どうやらこの新人は、内務局でこき使われすぎたせいで、「車輪さえついていれば上等」と本気で思っているらしい。
「おい、エド!
「は、はい?」
「なにが『好きなのを選んで良い』だ。ただのババ抜きじゃねえか!!」
「ひっ……す、すみません! でも、平役人の僕の権限じゃ本当にこれしか借りられなくて……。途中で壊したら修理代は自腹になるので、乗る時はなるべく優しく乗ってください」
「優しく乗ってどうにかなるレベルじゃねえだろ、これ!」
バッカスは車輪の無い馬車を見つめた後、天を仰いだ。内務局の底知れぬ体質と、目の前の新人の不遇っぷりに、怒りを通り越して眩暈を覚えた。
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