第59話 フェルメール家の子爵陞爵
王宮・国王の執務室
国王レオニードと軍務局長ケッセルベルク公爵は、先日行われた評議会について語り合っていた。
あの場において、フェルメール家の嫡男カイトは『魔力発生装置』の実証実験を成功させ、大広間の貴族たちを完全に沈黙させたばかりである。
公爵が胃の辺りを押さえながら苦笑したその時、執務室の重厚な扉が勢いよく開かれた。
「父上! 叔父上! 帰りました!」
そこに立っていたのは、泥靴村の視察から帰還した第一王子、ルシアンである。
「おお、ルシアン。無事に帰ったか。して、あの地を見てどう思った?」
「聞いてください父上! 泥沼の上に作られた道、本当に王都の石畳よりずっとフカフカで、ほとんど揺れないんです!」
息継ぎもせずにまくしたてる第一王子に、公爵は目を瞬かせた。
「……殿下。あの沼を越える『粗朶道』の計画自体は私も把握しております。しかし、道幅やその先のルートはどうなっておりましたかな?」
「はい! 今は馬車二台がすれ違うために待避所が必要ですが、ゆくゆくは道を広げて行くそうです。途中の宿場町の先に、ハルバード方面へ向かう新しい分岐路を作っているところでした!」
「ほう。すでにハルバードへ向けての工事が始まっていると……」
「まだ工事中でバリケードが張られていて、入り口を見ただけで先には行けなかったんですけど……でも! あの沼をぐるっと回らずに真っ直ぐ突っ切る道が完成すれば、ハルバード領までの移動時間がものすごく短くなります!」
その言葉に、ケッセルベルク公爵は冷や汗を流した。
カイトの土木技術の高さは十分に知っていた。だが、すでに宿場町を機能させ、その上でハルバードの穀倉地帯と王都を結ぶ新街道にまで着手しているとは予想外だった。
(……あの男爵家、いや、あの子供。一体どれほどの速度で現場を回しているのだ。ハルバードまでの道が完成すれば、穀倉地帯と王都が最短で結ばれる。王国軍の補給も、商人たちの物流も、これまでとは比べものにならなくなるぞ)
公爵が軍人としての計算を猛スピードで巡らせていると、ルシアンの報告はさらに熱を帯びていく。
「それに! 関所の手前の工事現場で、道を固める『魔道具』が動いてました!魔法使いの工兵が重機の激しい揺れに同調しながら、地面をあっという間に叩き固めていくんです! カイトはやっぱり凄いです!」
「なっ……! また新しい魔道具だと!?」
すでにカイトの異常性を痛いほど理解している国王と公爵は、「未知の存在への驚き」ではなく、「規格外の生産ペース」に対する戦慄を覚えた。
この男を野放しにしておいたら、一年もあれば王国中の街道地図を書き換えかねない。
「というわけで、父上!」
大人たちが顔を見合わせていると、ルシアンはバシッと両手を腰に当てて言い放った。
「僕、父上との約束の宿題は完璧に終わらせました! だから、今すぐカイトを王都に呼んでください! 新しい魔道具の仕組みとか、聞きたいことがいっぱいあるんです!」
「ふむ……」
国王レオニードは、トントンと机を指で叩いた。
宰相が不在である今、この件に異を唱える者はいない。レオニードは重要インフラを治めるフェルメール家の当主が「男爵」のままでは、国家運営においてあまりに据わりが悪いと考えていた。
昨年没落したバルド男爵家を皮切りに、今年はヴァロワ派閥のボルドー子爵家も没落した。その後、ガメイツを男爵に取り立ててボルドーの領地を治めさせてはいるが、子爵のポストは現在も空いたままだ。
「確か、ハルバード伯爵から『穀倉地帯と王都を繋ぐ道が完成した暁には、フェルメールを子爵へ』という意見書が出ていたな。もっと先の話かと思っていたが…」
レオニードの言葉に、公爵が表情を引き締めた。
「よかろう。あのような天才、国として完全に囲い込まねばならんからな」
レオニードはルシアンの無邪気な要望と、ハルバード伯からの昇爵要請をあえて結びつける形で、フェルメール親子を王都へ引きずり込む決断を下した。
「すぐに召喚の使者を立てよ。期限は貴族の慣例通り、書状の到着から一ヶ月以内とする」
レオニードは不敵に笑った。
「アルベルト男爵を子爵へ陞爵させる――その論功行賞の場に、あの息子を立ち合わせる。ふふ、今度はどんな技術を『お土産』にやってくるか、見物だな」
***
翌日。
王都からの使者がフェルメール家を訪れた。
招喚状と陞爵の知らせで、フェルメール家は朝から大混乱に陥った。
「フェルメール卿、国王陛下より子爵への陞爵ならびに王都への招喚状です」
「あわせて、第一王子ルシアン殿下より、カイト様へお手紙を預かっております」
使者の報せに、アルベルトは胃を抱えてその場に崩れ落ちた。
「終わった……。平穏な領地経営の日々が終わった……」
「あなた、まだ始まってすらいませんよ」
エレナは即座に切り捨てると、使用人たちへ矢継ぎ早に指示を飛ばし始めた。
「王都用の礼服を確認してください。クララ、あなたにも引き続き同行してもらいます。お父様には私から連絡を入れておきます。リーザは旅程の準備を」
カイトが封を切ると、丸みのある文字でこう書かれていた。
『カイトへ
魔力発生装置はもうできた?約束したよね。できたら、ぼくにも見せてね。祝典の前に、一回王宮に遊びに来て。 ルシアン』
「……ママ、工事現場、見に行ってもいい……?」
「その前にカイトは王宮での振る舞いを復習です!」
「……はい」
――ガーン!
カイトはがっくりと肩を落とした。
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