第58話 八つ当たりと新たな重機の構想
フェルメール領内、粗朶道建設予定地。
そこに、一定のリズムで重低音が響き渡っていた。
雨季に入り、今日は朝から雨が降り続いており、本来なら工事は休みだ。しかしカイトは数名に手伝ってもらい、工事現場の湿地に平底の小舟を浮かべていた。
この付近は浅い沼のようになっており、舟で進みながらミスリルの大槍を沼の底に突き刺していく。槍を構えるのはガンタとサジ、舟を漕ぐのはロバートだ。
「若様、そんなに工事は遅れていないので、俺たちだけでもできますよ?」
「いいよ。気晴らしするだけだもん」
カイトは鬱憤晴らしのため、とにかく魔法を撃ちたかった。
「いっくよー!それ! それ! そりゃー!」
ズズゥゥゥン! ドスゥゥゥン! ズゥゥゥン!
(おのれフリル……! おのれ仕立て屋……! 心なんて込めんでいいんじゃあぁぁっ!)
大槍をセットしてもらうと、カイトは怒涛の勢いで圧密をかけていく。
「つぎ、いくよ」
王都の現場に行けないストレスを全開にしたカイトは、無表情のまま沼底へ土木魔法を連発していた。行き場を失った現場監督の執念により、湿地の底は次々と硬さを増した強固な基礎へと変貌していく。
だが、鬼気迫る勢いで圧密魔法をかけ続ける小舟に、物理的なしっぺ返しが襲う。
「……ん?」
急速かつ過剰な圧密によって、泥炭層に溜まっていた「メタンガス」が行き場を失い、水面へ一気に押し上げられてきた。
ボッコッ!! ボコボコボコボコッ!!!
「あ、ヤバイかも」
時すでに遅し。すり鉢状に沈み込んだ空間に周囲の泥水が流れ込み、舟が身動きを取れなくなり、そこへ圧縮されたガスが激突する。
ボバァァァンッ!!
「うわっ!?」
水面で局地的なガスの噴出と激しい泥はねが起き、小舟が大きく煽られた。バランスを崩したカイトの小さな体が、舟の縁から泥沼へと傾く。
「おっと、危ねぇ!」
沼に落ちる寸前、ロバートが素早く手を伸ばし、カイトの雨合羽をガシッと掴んで舟の中へ引き戻した。
「ふぅ……若様、ヤリすぎですって。現場監督が泥沼に落ちたなんて知られたら、示しがつきませんよ」
「ご、ごめんなさーい……」
カイトが少し泥を被った黄色いヘルメットを押さえてシュンとしていると、ガンタが目を丸くして後方を指差した。
「しかし、まぁ……これ相当進んだっすね。しばらくはマットを敷くだけで行けそうっすよ」
見ると、彼らの舟はいつの間にか、岸から二百メル以上も離れた場所まで進んでいた。カイトがヤケクソで放った魔法により、水が抜けきった地盤の沼底が一直線に出来上がっている事になる。
「メリダとウドが二人掛かりで圧密をかけても、ここまで来るのに三日はかかるでしょうね……」
サジの感嘆の声に、カイトはコホンと咳払いをして、少しだけドヤ顔を取り戻した。
***
雨季の雨は、次の日も降り続いていた。
流石に二日連続で小舟を出すわけにもいかないので、カイトはこの日、工事現場ではなく重機の設計に専念することにした。
何しろ、モーターと発魔機という、この世界の歴史上まだ存在していない装置を同時に発明してしまったのだ。これを使わない手はない。
最近アルベルトが使い始めた植物紙を何枚かもらい、自室の机に向かう。
まず最初に考えたのは、土砂を運ぶコンベアだった。
この世界には、まだゴムベルトなどという便利なものは発明されていない。ならば代わりになるものを作ればいい。
丈夫な麻縄か鉄の鎖を二本用意し、その間に細長い木の板をスダレのように隙間なく繋ぎ合わせる。
いわゆる『エプロンコンベア』だ。
これなら鋭く尖った石を載せても角で破れる心配がなく、壊れたとしても、そこだけ木材を張り替えれば済む。
(……よし。ベルト部分はこれでいいとして、次は動力の伝達じゃな)
カイトは羽ペンを握り直し植物紙の隅に『もーたー』と書いて、丸い筒のような絵を描き足した。
「跳躍」の魔石が生み出す力の向きを、円周の接線方向へ向けて軸に並べる。そこへ魔力を流せば、モーターは回転する。
消費する魔力は発魔機に補わせれば、半永久的に回転し続ける仕組みだ。
導線については、ゼノスが研究してみたいと言っていた。ならば、発魔機を水車に取り付け、そこから導線を現場まで伸ばしてモーターへ繋げればいい。
カイトはさらに、モーターの軸へ歯車を噛み合わせ、コンベアの端にある車輪へ回転を伝える構造を書き込んでいく。
次はミキサーだ。
現代のミキサー車のような巨大な鉄製ドラムを作るだけの製鉄技術は、まだこの世界にはない。ならば、今あるものを応用すればいい。
王都やオデール領で見かけた大きめのワイン樽を横倒しにし、上半分を切り取って「船」のような形にする。
そこへ横からシャフト(軸)を通し、等間隔に「羽根」を取り付ける。
上から土砂とセメントと水を連続で入れれば、モーターで回転する羽根が材料を練り混ぜながら奥へ奥へと押し出していく。
そして反対側から、完成した材料がトコロテン式にポロポロと落ちてくる仕組みだ。
名付けて、『魔導連続パグミルミキサー』。
(これだけでは足りんのう。砕石機も必要じゃし、もっと大量の石や土を動かす工事になれば、いずれもっと大きな機械も必要になるじゃろう。……おっと、そうじゃ!)
カイトはそこでペンを止め、もう一つ重要な道具を思い出した。
今まで土砂の運搬には木製の手押し二輪車を使っていたが、やはり現場では使い勝手が悪い。車輪を一つにした『一輪車(ネコ車)』にしてやれば、狭い足場や悪路でも簡単に入っていける。
荷台は鉄製がいいだろう。以前、砲兵部でバリスタの板金加工を見たことがある。木型さえ作れれば、バルカスなら十分製作できるはずだ。
車輪も鉄輪をはめた木製車輪で十分だろう。今の二輪車より遥かに使い勝手が良くなるはずだ。
雨音を聞きながら、カイトは一人でニヤニヤと笑う。そして、新しい重機や道具の図面を次々と植物紙へ描き込んでは『バッカス行き』『ゴドー行き』『バルカス行き』の箱に入れていくのだった。
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