第56話 囲い込みと母の懸念
リビングに紅茶の香りが漂っていた。
クララとリーザがティーカップを並べて茶を注いでいる。王都からルシアン王子をもてなすため、フェルメール家は気を配っていた。
アランとシャルロットは護衛としてルシアンの背後に控える。
リビングとキッチンの間の、少し影になった場所で、妹のミレーヌが緊張した様子でアメリアとマリーの手を握っていた。
「……お兄たま、またお出かけ?」
「大丈夫ですよ」
そんな空間の中、ヴィクトルは温和な笑みを湛え、まるで世間話でもするかのように語り出した。
「……まずは良い報告から。カイト様が手掛けた魔力発生装置を活用した『光の道計画』が、先日の評議会にて正式に承認されました。これで、我が国の街道に新たな息吹が吹き込まれることとなります」
「にわかには信じがたい話です。我々もカイトとクララからその話を聞いた時、本当に驚きました」
アルベルトとエレナが顔を見合わせる。だが、ヴィクトルの言葉はそこで
止まらない。
「実は、今回の計画にあたり、ルシアン坊っちゃんが陛下から『宿題』を仰せつかりまして。北の街道に街灯を設置する際、既存のボルドー街道と、カイト様が手を入れたフェルメール新街道のどちらが適しているか――それを、ご自身の目で確かめてこい、と」
ヴィクトルはカイトに視線を向け、柔らかく微笑んだ。
「もっとも、これは建前です。実のところ、坊っちゃんがカイト様のことを大変気に入っておりましてね。魔導の理論について語り合える友人ができたと、それはもう楽しげなのです。陛下からも『できればこれからも時折王都へ招き、坊っちゃんの遊び相手を務めてはいただけないか』とのお言葉を賜っております」
カイトは黙ったまま、ティーカップを持つ手を少し固くしていた。
(なんだか、ワシの知らんところで話が動いておるな……)
「評議会が終わった頃に軍務局に行ったんだ。そしたらカイトは帰ってしまったと聞いて、父上に直談判しに行ったんだよ」
静寂が訪れる。
アルベルトはヴィクトルの言葉の裏を読み解いた。
(……街道の公認、か。街灯が設置されるということは、フェルメールの道が『王国の主要な公道』として格上げされることを意味する。これは我が領地にとって、これ以上ない利益だ)
そして、同時に悟る。これは王家からの「招待」であり、同時に「囲い込み」の合図だ、と。
「……殿下から、直々に。それは光栄なことでございますが、カイトはまだ幼く、王都での生活は負担も大きかろうと……」
その言葉を遮るように、ルシアンが身を乗り出した。
「そんなことないよ! カイトは評議会で陛下の前でも平気で話してたって聞いたよ! それに僕は、カイトと魔法の話をもっとしてみたいんだ!」
エレナは思わず苦笑し、アルベルトはルシアンの純粋な熱意に少しだけ表情を緩めた。だが、その背後でヴィクトルは「してやったり」と微かに目を細める。ルシアンのその一言は、国王が求めていた「側近への足がかり」そのものだったからだ。
「殿下……カイトは生意気なところがございますので、殿下のご迷惑にならぬか心配なのです。それに、評議会でのことなど、ただの子供の無知な振る舞いに過ぎません」
エレナは母親として、カイトを「王室の政争の道具」にさせまいと慎重に言葉を選ぶ。
「迷惑なんかじゃないよ! むしろ、カイトがいないと僕が退屈で……。ねえ、お父様も、公爵も、カイトの知識があれば王国はもっと良くなるって言ってたんだ」
ルシアンはアルベルトを真っ直ぐに見つめ、小さな拳を握りしめた。
「男爵家として終わるような男じゃないって、アルベルト様も思ってるんでしょ? なら、カイトを外の世界に出してあげてよ。僕が、責任を持ってカイトを守るから!」
ルシアンの言葉に、アルベルトの目がわずかに見開かれた。
(守る、と申されたか……。一国の王子が、一介の男爵家の息子に……)
ヴィクトルはここぞとばかりに静かに追撃を加える。
「アルベルト卿、カイト様ほどの才能を持つお方です。将来、王都との縁があることは決して悪い話ではないと思います」
ヴィクトルは穏やかに微笑んだ。
「もちろん、常に王都へという話ではございません。坊っちゃんが寂しがった時に、時折お顔を見せていただければ十分です。それに……カイト様の発明は、これから王国全体に関わるものになっていくでしょうから」
カイトは紅茶を一口飲んだ。
(発魔機の研究を進めるなら、王都へ行く機会が増えるのは悪い話ではない。フェルメール領を発展させるには、どうしても必要なんじゃが……問題はママじゃな……)
エレナは少し表情を曇らせた。
「ヴィクトル様のお話はありがたいのですが……私は母親ですから、どうしても心配してしまうのです。オデールでの工事も、軍の護衛が付いていたとはいえ国境に近い場所でした。今回も王都へ出入りするようになれば、また軍務局から何か依頼が来るのではないかと……」
するとヴィクトルは穏やかに頷いた。
「その点でしたらご安心ください。光の道計画は軍務局主導ではありません。評議会の最後に軍務局長閣下ご自身が発言されましたが、今後は内務局が中心となって進める事業となりました」
「内務局、ですか?」
「ええ。街道整備や街灯の設置は、本来は領地運営や流通に関わる事業です。もちろん軍が協力する場面はあるでしょうが、オデールでの河川工事のような軍事上の理由による案件とは性質が異なります」
「ママ、危なくないところだし、殿下とも遊びたいから王都行ってもいい?」
エレナは、深いため息をついてアルベルトと顔を見合わせた。
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