第55話 胃に穴があくおもてなし
カイトの脳内処理が完全に停止しかけたその時。
「ルシアン殿……下……」
「シーッ!」
ルシアンは慌てて自分の口元に人差し指を立て、カイトの言葉を遮った。
「僕は今、南のベルーク子爵家の次男、ルシアンだ!」
(おいおい冗談じゃろ、なんで第一王子がお忍びでこんなド田舎の現場に来とるんじゃ……!)
カイトが内心で激しくツッコミを入れていることなど露知らず、ルシアンは目の前でけたたましい音を立てているタンピングランマーをビシッと指差した。
そこでは、魔法使いのウドが、重機の激しい縦揺れに自分も「ガクガクガクガクッ」と見事に同調しながら地面を均している最中だった。
「すごい! カイト、教えてよ! どういう魔力回路であんな動きをしているんだ!?」
「え? ああ……あれは魔導タンピングランマーと言って、ホップの魔石を直列に並べて順にホップさせてるだけだよ」
「えっ……? ホップ(跳躍)の魔石? あの、ただ跳ねるだけの命令……?」
ルシアンがポカンと口を開ける。後ろで控えていたアランやシャルロットも不思議そうな顔をした。
「えっ、そんな簡単な仕組みで動いてるの? 制御する魔法陣もないのに?」
「そうだよ? ……じゃあルシアン君は、どんな風に考えてたの?」
カイトが逆に質問すると、ルシアンは興奮気味に身を乗り出した。
「風の魔石で重りを上に吹き飛ばして、頂点に達した瞬間に土(重力)の魔石に魔力を切り替えて下に叩きつけているのかと思ったんだ! でも、一秒間に何十回も魔力を切り替えるなんて、超高価な刻印制御が必要だよね!?」
(そりゃ、どんだけでかい魔石が必要になるんじゃ……原価計算で胃に穴が空くわい)
カイトは内心で呆れながらも、引きつった笑顔を保った。
「あはは……まあ、そんな難しいことはしてないよ。えっと、とりあえず分かったけど、村に入るんだよね? 馬車は?」
カイトが視線を向けると、御者台に座るデュランが申し訳なさそうに『貴族・特急レーン』の入り口に馬車を停めていた。
自分たちの順番が回ってきているというのに、肝心のルシアンをはじめ、馬車の中にいたはずの人間が全員、外に飛び出してしまっていたからだ。
「あ、あはは……ちょっと待っててね!」
空っぽの馬車と共に取り残され、後続を待たせて気まずそうにしているデュランを見かねて、カイトは慌てて門番をしているエドガーとザックの元へ走った。
「ザック! あの馬車の人たち、南の工事の時に知り合った僕の友達なんだよ! だから先に通してあげて!」
「おぉ、坊ちゃんの友達ですかぁ! じゃぁ、通ってよぉし!」
「気をつけて行かれよ!」
エドガーとザックは、相手が王子一行であることなど微塵も疑わず、馬車を通した。
***
カイトはそのまま一行を連れて、丘の上にある領主の館(邸宅)へと案内した。
玄関先で出迎えたのは、まだベルノー家に帰っていなかったクララと、メイドのリーザだった。
「お帰りなさいませ、カイト様。そちらのお客様は……」
クララが丁寧に一礼して顔を上げた瞬間、その双眸がスッと細められた。
王城の軍務局の中庭でカイトを待っていたルシアンの姿をはっきりと見ていたのだ。
(第一王子殿下……! なぜこのような所に……お忍び、ですね)
クララは表情一つ変えず、隣にいたリーザの耳元にスッと顔を寄せ、微かな声で囁いた。
「……リーザ。あちらの方は、第一王子のルシアン殿下です」
「えっ!? ――ひっ」
リーザは一瞬目をまん丸に見開いた後、悲鳴を飲み込み、そそくさとその場から奥へと引っ込んだ。そのまま廊下を猛ダッシュし、アルベルトとクラークがいる執務室へ飛び込む。
「だ、旦那様! クラーク様! ル、ルシアン第一王子殿下が、お忍びでいらっしゃいましたぁっ!!」
「「…………は?」」
書類仕事に追われていたアルベルトとクラークは、数秒ほどフリーズした後、アルベルトが自分の胃の辺りをガシッと押さえてうずくまった。
「痛い痛い痛い! なんでそんな雲の上の御方が突然来るんだ!? 」
アルベルトが激痛に悶える中、報せを受けたエレナが青ざめた顔で執務室に入ると、夫の首根っこを掴んで無理やり玄関へと引っ張っていく。
その間、リーザは応接用のリビングへと大急ぎで戻り、「クリーン! クリーン!! クリーンッ!!」と、半狂乱になりながら室内に何度も生活魔法をかけ、チリ一つない状態へと磨き上げていた。
***
一方、玄関では。
奥から転がり出るように現れたアルベルトたちのただならぬ様子を見て、ヴィクトルは即座に悟った。
(こちらの身分がバレているな……なら話は早い)
一介の地方男爵家のメイドが王族の顔を知っているとは想定外だったが、ヴィクトルは咳払いを一つして、アルベルトたちに目配せをした。
「初めまして、フェルメール男爵殿。私は『南のベルーク子爵家』に仕えるヴィクトルと申します。こちらは次男のルシアン坊っちゃん。本日は『お忍び』の視察旅行で参りましてな。どうか、ただの友人として、畏まらずにご対応いただければと」
「あ……ははは、左様でございますか、ベルーク家の! それはそれは、遠路はるばるよくお越しくださいました!」
アルベルトは顔面を引きつらせ、脂汗を流しながら必死に話を合わせた。
「さ、ささ! どうぞリビングへ! むさ苦しい所ですが、ゆっくりしていってください!」
こうして、お忍びの皮を被った王族一行と、胃に大穴の空きそうな領主一家による、奇妙な接待の幕が切って落とされたのだった。
本日もお読みいただき、ありがとうございました!
もし「面白い!」「アルベルトの胃が!」「フェルメール家は応接室ないよね」と思っていただけましたら、
ページ下部より評価とブックマークでの応援をよろしくお願いいたします!




