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第54話 ここがフェルメール領泥靴村




ルシアンを乗せた馬車が宿場町を超えると、バリケードが置かれた分岐路が見えてきた。


「おや? 地図だと一本道のはずですが、道が分かれていますね」


御台から前方を警戒していたデュランが声をかけると、馬車の中にいるヴィクトルが答えた。


「あれは地図にはないですが、ハルバード方面へ向かう新しい分岐路です。現在はまだ工事中なので、あのようにバリケードが設置されているのでしょう」


「この道もかなり先まで伸びてるよね。これがハルバードまで繋がったら、もっとすごいことになるね……。父上がなぜここを宿題に選んだのか、少し分かってきた気がするよ!」


やがて一行の乗る馬車は、フェルメール領への入り口である『泥靴村』の境界へと近づいていった。


「ル、ルシアン坊っちゃん! 前方をご覧ください。なんだか妙な建物が見えてきました」


デュランが驚いたような声を上げ、馬車の小窓をノックした。


言われるままにルシアンやヴィクトル、アラン、シャルロットたちが窓から顔を出すと、真っ直ぐな道の先に、かつて泥靴村と呼ばれていた集落の入り口を塞ぐ、異様な建造物がそびえ立っているのが見えた。


「……なんだ、あの奇妙な形をした城は?」


アランが目を白黒させて呟く。


それはただの関所というには、あまりに巨大な建造物だった。真っ白な壁に鮮やかなオレンジ色の瓦が載り、曲線を描いた屋根が何層にも重なっている。


上に向かうほど細くなっていくその形状には、胸壁もなければ、目立った防御用の開口部も見当たらなかった。これまで見てきたどの砦とも違う、異質な建物だ。


「お城……なのかな? なんだか不思議な形だけど、人がたくさん並んでいるから関所なんだよね!」


だが、近付くにつれて様子がおかしいことに気付いた。


関所の手前一帯が、まるで広場のように大きく切り拓かれており、最初は人があちこちに散らばっているように見えた


そして、けたたましい駆動音と振動が、未舗装の区画から響き渡ってきた。


ルシアンが身を乗り出す。


ダダダダダダッ!!


見れば、奇妙な金属の塊が激しく上下に跳ねながら、地面を凄まじい勢いで叩き固めている。


「おおっ!? 今度はなんだありゃあ! すげえ勢いで地面が固まっていくぞ!」


アランも隣で身を乗り出した。


「す、すごい!! どういう魔力回路であんな動きをしているんだ!?」


体格の良い人夫が手にした謎の機械で、地面を固める拡張工事を続けている。その横の整備されたエリアでは、列が四つに分かれ、旅人や商人たちが整然と並んでいた。


「なんだろう、あの列?」


「関所前の待機場のようですね。なるほど……よく考えられています」

ヴィクトルが感嘆の息を漏らしながら説明する。


「王都の正門では一般門と貴族用の通用門があるだけですが、ここは入り口の門番がまず旅人を振り分けています。徒歩の旅人は左。荷馬車は中央の二列。そして右端は我々のような貴族や、緊急輸送向けの優先レーンとなっているようです」


ルシアンは目を丸くした。


ちょうど一台の荷馬車が入り口で止められ、手早く荷を確認した門番によって中央の列へ誘導されている。その横では騎馬の伝令が右端の列へ案内され、ほとんど待つことなく関所を通過していった。


「すごい……。関所で渋滞を起こさないための工夫なんだね。王都でも見習うべきだ」


「ええ、そうですね。人の流れを整理する仕組みが優秀です」


やがて一行の馬車も優先レーンへと進み、前の馬車に続いてゆっくりと停車した。


「――よし、止まった!」

「で、殿下!?」


完全に停止するや否や、ルシアンはその異形の関所と工事現場に目を輝かせながら、いきなり馬車の扉を開けて飛び出してしまった。


「おいルシアン、抜け駆けはずるいぞ!」


アランとシャルロットも慌てて後を追う。


だが、魔導重機を前にしたルシアンとアランはすっかり意気投合し、食い入るように現場の最前列を陣取ってしまった。


その様子にシャルロットは呆れたような顔を見せたが、すぐに周囲へ視線を巡らせ、警戒にあたった。


「で、殿下! あまり目立つ行動は……それに勝手に他人の現場に近づくのはマズイですよ!」


ヴィクトルも慌てて馬車から降り、頭を抱えながら彼らの後を追った。


ちょうどその時だった。


後ろの方から、ホロの無い荷馬車が連なってと関所へ向かって戻ってきた。


荷台には、泥だらけになった数人の姿がある。どうやら街道整備の工事にあたっていた組のようだ。


その中の一人、ロバートが感心したように息を吐き、隣に座る少年に声をかけた。


「フッ……若様……いや流石の圧密魔法でしたね。メリダも充分頑張ってるけど、あの範囲を一発で決めてしまうのは、やはり若様しかいない。おかげでかなりの距離を稼げましたよ」


すると、黒檀の杖を大事そうに抱えて向かいに座っていたメリダが、むっつりとした顔で言い返す。


「アタシだって、毎回全力でやってるンスよ?」


「分かってるさ。だからこそ、若様の規格外っぷりが際立つって話だ」


軽口を叩き合う和やかな笑い声が響く中、その「若様」と呼ばれた少年――カイトは、ふと前方に視線を向けた。


関所の待機所。魔導重機が動く現場の最前列で、目を輝かせている見慣れぬ服を着た少年の姿と、彼らを止めようとしている大人の姿が見える。


(……ん?)


何気なくそちらを見たカイトの視線が、最前列に陣取る金髪の少年――ルシアンの顔でピタリと止まる。


時を同じくして、ルシアンもまた、背後から聞こえてきた『圧密魔法』という聞き慣れない単語に反応し、振り返って荷馬車の方を見た。


視線が、ばっちりと交差する。


(……えっ? なんで王太子のルシアン殿下が、泥靴村の関所に……!?)


魔法オタクのキラキラとした瞳でこちらを見つめるルシアンと目が合った瞬間、カイトはその場で完全に硬直したのだった。

本日もお読みいただき、ありがとうございました!

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