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第53話 王の宿題と二つの街道

「父上! なぜカイトを帰したのです! 僕は、彼とまだ話し足りないんだ! 今すぐ呼び戻すか、僕がカイトのところに行く許可をください!」


執務室に雪崩れ込んできた第一王子ルシアンの必死の訴えに、国王は手元の書類をゆっくりと置いた。


(……ほう。ルシアンが、ここまで必死になるとはな)


国王の脳裏には、先ほどの評議会で大人たちを鮮やかに論破した、あの六歳の姿が焼き付いている。次代の王を支える『最強の頭脳』に、息子がこれほど惹かれているのは好都合だった。そして、もし宰相が居たら絶対に止められるであろう名案を思いついた。


「……落ち着け、ルシアン。王族が理由もなく一貴族の領地へ赴くことはできん」


「そんな……!」


「最後まで聞け。……次期国王たるお前に、一つ『宿題』を与えよう」

国王は立ち上がり、壁に掛けられた巨大な国土の地図を指し示した。


「先ほどの評議会で、王都の南側へ向けて『光の道計画』が立ち上がった。だが、いずれは我が国の穀倉地帯である北のハルバード領から北のノルド辺境伯領へも、その道を繋がねばならん。問題は、そのルートだ」


国王の指が、王都から北へ伸びる二つの線をなぞる。


「一つは、古くからの主要道である『ボルドー街道』。もう一つが、あの子が作った『フェルメール新街道』だ。……さてルシアン。北の光の道計画において、どちらのルートに街灯を設置した方がいいと思う?」


「それは……!」


「机上の空論はいらん。次期国王たるお前自身が、特別監査官として『お忍び』で見てこい。その目で見極め、あの子の作った道の価値を計るのだ。それと地理や、周辺の状況はヴィクトルにしっかり教えてもらうんだぞ」


「はいっ! ありがとうございます、父上!」


興奮した様子でルシアンが執務室を飛び出していくのを見送り、国王はゆっくりと立ち上がった。部屋にいた側近に向かって、静かに命じた。


「……ヴィクトルを呼べ」


***


地図を用いた事前学習と、身分偽装の準備。

それらをきっちりと済ませたルシアン一行は、カイトが王都を出てから二日目に王都を出発した。


一行は馬車一台に五名。お目付け役の側近ヴィクトル、御者台に座る斥候役のデュラン、そして魔法も使える近衛騎士のシャルロットと、近衛騎士の長――歴戦の猛者でありながら、このお忍び旅を誰よりも面白がっているアランという少数精鋭である。


やがて馬車は、王都の北側に広がる広大な泥沼地帯の手前、最初の大きな分岐点に差し掛かった。


「ルシアン坊っちゃん、事前学習でお見せした地図をもう一度ご覧ください」


ヴィクトルが羊皮紙を開き、現地での答え合わせをするように解説を始める。


「ここから左に曲がり、泥沼を大きく迂回して進むのが、古くからの『ボルドー街道』です。事前の講義でお伝えした通り、名に冠されているボルドー子爵家は最近没落し、現在はガメイツ男爵という者が街を治めているのですが……対して、このまま湿地の中を真っ直ぐ突っ切るルート。これこそがカイト殿の整備した『フェルメール新街道』です」


ヴィクトルは地図上で二つのルートを指し示し、真剣な顔でルシアンに向き直った。


「国王陛下からの『宿題』の答えを出すため、まずはボルドー街道に向かいます。そこでボルドーの街で一泊してから、再びこの分岐点まで戻って、粗朶道そだみちを使ってフェルメールに向かいます。ルシアン様、両方の街道をしっかりとご自身の目で確認してください」


「うん、分かった!」


ヴィクトルの合図を受け、御者台のデュランが手綱を引いた。馬車はまず、左に曲がって古くからの主要道である『ボルドー街道』へと進路を取った。


……しかし、その道中は想像以上に過酷なものだった。


ガタンッ! ドスンッ!!


「うおおっ!? い、痛ぇ! 尻が割れるかと思ったぜ……!」


ぬかるみと深いわだちに車輪を取られるたび、馬車は容赦なく大きく揺れ、屈強なアランでさえ悲鳴を上げた。


「少し揺れを抑えてみますね……

風圧換気ウィンド・ベンチレーション』」


同乗しているシャルロットが魔石を付け替えて、馬車の窓の外から車体の下へと風を送り込み、魔法で衝撃を和らげようとする。だが、それでも荒れた道の揺れを完全に消すことはできなかった。


「おいおい、シャル。魔法の無駄撃ちはやめとけ。換気魔法で車体浮かせても魔力が勿体無いだけだぜ。この先もずっと続きそうだしな。いざという時に魔力はとっておけよ」


アランの言う通り、かつて主要道として栄えたボルドー街道は、領主がガメイツ男爵に変わってからは維持管理が行き届いていないのか、ところどころ荒れ模様が目立っていた。


やがて馬車がボルドーの関所を抜け、街の中に入ると、ルシアンは窓から外を眺めて小さく首を傾げた。


「……なんだか、寂しい街だね。店も閉まったままのところが多いよ。人があんまり歩いてないのも変だ」


「ええ。人の流れが変わって、若い人を中心に他の街へ出ていってしまったようです」


「領主が替わったから?」


「それだけではありません。この街は街道の利用者が減った影響を強く受けています」


「でも、こっちの街道の方が近いんだよね?」


「はい。距離だけならこちらの方が短いです。しかし商売は距離だけで決まるものではありません」


***


翌日。


一行は再びガタガタと揺れる馬車に耐えながら分岐点まで戻り、いよいよ湿地の中を真っ直ぐ突っ切るルート――『フェルメール新街道』へと進入した。


「さて、ここがフェルメール家が湿地を横断するために作った、粗朶道と呼ばれる道です。普通の街道とは作り方が違うので、ぬかるみに強いそうですよ」


その、瞬間だった。


「……っ!? 揺れが、止まった……?」


泥沼の上を進んでいるはずなのに、馬車は驚くほど揺れが少なく信じられない速度で進み始めた。


「いやぁ、こりゃあ驚いた! 本当に揺れねえ!」

アランが窓の外を見てガハハと笑う。


「昨日は魔法で揺れを抑えても快適とは言えませんでしたのに……」

シャルロットも目を丸くしていた。


「すごい! 昨日とは大違いだ! ……でも、馬車二台がすれ違うにはギリギリの幅だね。向こうから別の馬車が来たらどうするの?」


ルシアンが不思議そうに首を傾げると、ヴィクトルが窓の外を指差した。


「ご安心を。道幅は馬車一台分ですが、所々に『待避所』が設けられております。あちらをご覧ください。すれ違う時は、あのように待避所付近で対向車をやり過ごす仕組みになっているのです」


見れば、向こうから来た商人の荷馬車が、道幅が広くなった待避所でルシアンたちの馬車が通り過ぎるのを待って、手で合図を送ってくれていた。


「なるほど! ちゃんとすれ違える工夫がされてるんだ!」

ヴィクトルは深く頷いた。


「以前はボルドー方面を経由してフェルメールへ向かっていました。昨日経験された道を百二十キロも進む大移動だったそうです」


「百二十キロ!?」


「はい。しかし、この粗朶道を使えばフェルメールまで五十キロ程度で済みます。そこからハルバードまで向かう場合、距離だけならボルドー街道の方が短くなります。しかし、こちらの街道はその分通行料が安く設定されているそうです」


馬車がさらに進むと、前方に大きな宿場町が見えてきた。


「ここは元々、道を通す工事の途中で温泉が見つかった場所だそうです。それで宿場町として整備されたと聞いております」


「すごい、なんだかすごい活気だね。建物が全部新しいし」


「穀倉地帯から運ばれた食料も、一度ここに集められているようですね」


「だから荷馬車がたくさん集まってるんだ……あれは、何?」


「あれが温泉施設ですね。少し離れたところにあるのが宿屋で、宿泊客は自由に温泉へ入れるそうですよ」


「おいおい、温泉まであるのかよ。帰りは寄っていこうぜ、坊ちゃん」


「景色がいいよね。なんか、王都から離れてないのに遠くに来たみたいだ」


ルシアンの胸の鼓動は、フェルメール領に近づくにつれて高まっていった。早くカイトに会いたくて仕方がなかった。


本日もお読みいただき、ありがとうございました!

もし「面白い!」「宰相不在ってピンチ?」「ボルドー子爵が!」と思っていただけましたら、

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